デザイナーのためのヨーロッパホテルガイド 〜水まわり編〜 Vol.104

ホテル・ナポレオン(フランス・マントン)

2018/04/02

Hôtel Napoléon

Add:29 Porte de France, 06500 Menton, France
Tel:+33 (0)4.93.35.89.50
E-Mail:info@napoleon-menton.com
URL:http://www.napoleon-menton.com/

海岸通りポルト・ド・フランスに面し、背景にはアルプスの山。

コートダジュール最東端の小さな町マントンは「フランスの真珠」とも呼ばれるリゾート地。1880年代から英国やロシアの貴族やブルジョワの間で大人気となり、ヴィクトリア女王をはじめ、彫刻家のロダンや作曲家のリスト等もここを訪れ、マントンにはゴージャスなホテルや別荘が次々と建設されていった。「ホテル・ナポレオン」は、イタリアとの国境に通じる海岸通りを隔ててガラヴァン湾に臨み、夏にはマリンスポーツを楽しむリゾート客で賑わう。ホテルのエントランスにある4ツ星のサインが、星でなく蜜蜂形でユーモラスだが、そういえば蜜蜂は皇帝ナポレオンの紋章でもあったなあ、とホテルの名前からの遊び心と察した。

ホテルは1962年の創業で、5年程前に地中海の光に映える爽やかなホワイト&ブルーを基調にして全面改装され、コンテンポラリーなデザイン&アートホテルに変貌する。前庭の屋外温水プールも新しくなり、エコロジカルなソーラーヒーティングシステムとなった。インテリアはパリのジャン=フィリップ・ヌエルのスタジオが担当し、現在はインテリア事務所WeDesignを主宰するパスカル・ドゥイラールがプロジェクトマネージャーを務めた。

ホテルのまだ若いオーナーは、イギリス人のマシュー・ライキアマン。氏はイギリスからフランスに渡り、モダンな家具・インテリア雑貨のブランド「アビタ」(Habitat)を展開し成功させたマイケル&マーガレット・ライキアマン夫妻を両親に持つ。夫妻はマントンの丘の上にある世界的にもユニークなデザインのコロンビエール庭園に惚れ込み、5年の歳月と400万ユーロを投資して、荒廃した歴史的庭園の再生に尽力する。庭園は「庭はそれ自身の中に宇宙全体を持つ」というフェルディナン・バックの思想が実現されたもの。バックはメキシコの巨匠建築家ルイス・バラガンにも影響を与えたマルチクリエーターだった。

ライキアマンは両親から多くを学び、このホテルをつくり上げた。両親のコロンビエール庭園修復を手掛けたアルノー・モリエールとエリック・オサールが、ホテル・ナポレオンの独創的な憩いの庭をクリエートしてくれた。ブラジルが生んだ20世紀の革新的ランドスケープアーキテクト、ロベルト・ブーレ・マルクスに敬意を表したデザインで、2人の今日のガーデンデザインにかける情熱が、小さな亜熱帯性植物の生える庭にぎゅっと詰まっている。

この庭に面してガラス張りの空間が、朝食ルームでもある「ビエンナーレ・ラウンジ」だ。ビエンナーレと聞いてマントンと一体どういう関係が?と最初は頭を傾げてしまったのだが、1951年にマントンでフランス初の「絵画ビエンナーレ」が開かれていたのだった。第1回はデュフィ、第2回はルオー、第3回はマチスに捧げられていたという。ラウンジには、マントンとアートとの繋がりを今に伝え残すヴィンテージのオリジナルポスターのコレクションが展示される。

マントンはかつて多くのアーティストに愛された街。ホテル・ナポレオンは、そのマントンに魅せられたアーティスト達を愛するホテルだ。詩、絵画、映画、工芸デザインと、創造の分野を越えて活躍したフランスのマルチアーティスト、ジャン・コクトーもその1人、マントンで晩年を過ごし、自らの構想で自身の美術館をマントンの古い要塞に実現した。客室階へのエレベーターの扉が開くと、狭い階段室がまるで壮大なコクトー・ギャラリーの様で、壁のグラフィックデザインもコクトー独特の造形言語をアレンジしてある。オリジナル建築の1960年代の階段の手摺デザインも味わいがある。エレベーターで最上階まで行って階段を下りながら、ゆっくり時間をかけて鑑賞したい。コクトーだけでなく、他のアーティストの作品にも出会える。

マントンの市庁舎には、コクトーが手掛けた「結婚の間」が残る。世界でここにしかない総合芸術空間で、永遠の愛を誓うことができるのだ。1958年の建設当時はマントン市民のためだけであっただろうが、今では外国からの新郎新婦も少なくない。コクトーの芸術の中で結婚した後は、コクトーの芸術に囲まれるこのホテルのスイートに泊まるのもいい記念になりそうだ。ホテルのルーフトップ・スイートは1つがコクトー、もう1つはイギリスの著名な現代画家グラハム・サザーランドへのオマージュになっている。私達はやはりジャン・コクトーの方を選んで予約した。この日に見学したばかりの市庁舎の挙式場デザインのための習作や、様々なリトグラフ、国境付近での映画『オルフェの遺言』の撮影現場の写真(ルシアン・クラーグ作)に囲まれ、ベッドに横になるとコクトーに見つめられている気分にもなる。部屋の収納家具の扉の取手といい、ディテールにもコクトー風なデザインが顔を出す。

ホテルの44室はマウンテンビュー、シービュー、トロピカルガーデンビューの3パターンがある。その中でもスイートからのマントン旧市街とガラヴァン湾への眺望がやはり格別だ。広いテラスにはテーブル&椅子のセットだけでなく、デッキチェアも用意される。白いデッキチェアに白のタオルではなく、レモンの街マントンにぴったりなレモンイエローのタオルがさり気なく置いてあり、テラスのカラーアクセントになっている。スイートのバスタブからテラスの向こうに海を眺められるのも趣があっていい。夜景が素晴らしかったので、食事に出ると夜景を楽しむ時間が減ってしまうから、夕食代わりにワインを頼んで月見する。マントンにはじまり、最終日のニースまでコートダジュール5泊の旅だったけど、思い返すとホテルからの景色の美しさに釘付けになって満腹になっていたのか、毎晩ワインだけで夕飯を全然食べていなかったことに、後で気がついたのだった。

歴史的建造物に指定されているバロックの小さな礼拝堂(1688年建設)と不思議に調和。

1960年代のミッドセンチュリーモダンのホテル建築。2011年、2014年に全面改装。

エントランスホール、右手にレセプション。

左手にリゾート感あふれるラウンジとバー。

リニューアルされた屋外温水プールはエコロジカルなソーラーヒーティング。

エントランスホールから奥に入ると「ビエンナーレ・ラウンジ」。朝食はここで。

20世紀ブラジルの偉大なランドスケープアーキテクト、ロベルト・ブーレ・マルクスに捧げた憩いの庭。アルノー・モリエール&エリック・オサールの作。

客室階を繋ぐ階段室にもジャン・コクトーやマントンゆかりの芸術家の作品が並び、まるで美術館のよう。マントンとモダンアートとの歴史的繋がりを今に伝える。

マントンを愛した芸術家ジャン・コクトーへのオマージュとしてデザインされたスイート。

広いバルコニーからは、マントン旧市街とガラヴァン湾の眺望。

コクトーの映画『オルフェの遺言』の製作現場の写真(ルシアン・クラーグ撮影)や、コクトーの作品の数々が壁を飾る。

バルコニー側に向け、全面ガラスの窓からたっぷりと自然光が入るバスルーム。洗面台は黄緑のガラスカウンターで空間がぐっと爽やかに。​洗面台右手にシャワーブース、左手にバスタブ。バスタブからも地中海を眺められる。アメニティはフラゴナール。

バスルームとは別に部屋の廊下側に設けられているトイレ。

トイレの反対側にあるクローゼットの取手をクローズアップ。ここにまでコクトーに捧げたデザイン。