デザイナーのためのヨーロッパホテルガイド 〜水まわり編〜 Vol.86

クイーン・メリー2 (QM2)   1

2014/04/01

ハンブルク港に停泊するオーシャンライナー「クイーン・メリー2 (QM2) 」

キュナード・ラインが誇る豪華客船「クイーン・メリー2」 (QM2) がハンブルクに初寄港したのは2004年の7月19日、10年前の初入港日にはQM2を一目見ようと、なんと40万人ものハンブルクっ子達がエルベ川沿岸に立ち並んだという。以来QM2はハンブルクに停泊する度に、まるでポップスターのように歓迎&送迎されている。QM2が2011年に10日間かけてリファービッシュされた時も、作業はハンブルクのドックで行われた。今年は初入港10周年記念日にも停泊決定し、キュナードとハンブルク市との協賛で大々的な祝賀フェスティバルも開催されるのだ。“クイーン・メリー2の心の母港はハンブルク”と言われるほどで、一隻の客船がこれだけ一つの都市の人々に“私達のクイーン”として愛されているのは異例なことだろう。

歴史的にみると、19世紀半ばから第2次世界大戦まで、よりよい未来を求め希望の国へと約500万人もがハンブルクの港から大西洋横断し、アメリカへ渡っていったという背景がある。大西洋横断航海に全てをかけた当時の移民の運命を想像すると、新世界への憧れと夢が今もQM2の姿を借り、水しぶきをあげている気がしてくる。

QM2 (総重量151,400トン、全長345m、客室1310室) の建築デザインは、英国の著名な造船家、ステファン・マイケル・ペイン (Stephen Michael Payne) の総指揮にあった。ペインは権威ある王立工学アカデミーの会員で、造船業への貢献が認められ大英帝国勲章も授与されているが、BBCの児童番組で紹介されたクイーン・エリザベス号にすっかり魅了され、5歳の時から大型客船の設計をずっと夢に抱いていたという。QM2にはクルーが1238人、環境専門オフィサーもいて、自家発電設備からゴミ処理設備、排水浄化設備まで、驚くほどサステイナブルで洋上のミクロ都市として機能しているようだ。

QM2はそのゴージャスなインテリアからも“洋上のグランドホテル”とか“アドレスのない5つ星ホテル”とも称される。スウェーデンを本拠地に、半世紀に渡り船舶デザインの分野で活躍しているティルバーグ・デザイン事務所 (Tilburg Design) がインテリアを担当した。2017年完成予定のブルースターラインの「タイタニック2」のデザインにも関わっている事務所だ。“クラシックなデザインとモダンなテクノロジーの究極ブレンド”を目指したと言うアンドリュー・コリアー (Andrew Collier) をプロジェクトマネージャーに、スウェーデン、英国、アメリカからデザイナーが結集し、古き良き時代のオーシャンライナーを現代に蘇えらせた。デザインはどちらかというとアメリカからのゲストの趣味を考慮しているのかもしれないが、ヨーロピアンスタイルというよりは、英国の伝統とアメリカのアールデコが、デザインでも大西洋横断して融合している。ロス郊外のロングビーチ港に永久係留するオリジナルのクイーン・メリーはもちろんだが、“洋上の宮殿”という異名もとっていたフランスの伝説的客船「ノルマンディー」などからもインスピレーションを得ている。

ロンドンやニューヨークの老舗グランドホテルの扉を開けたように、船内に入るとまず6デッキ分吹き抜けで、エレガントなアトリウム空間「グランドロビー」に出る。ふと見上げた途端に黄金に輝く船体を表現した大スケールの銅板のレリーフ壁画 (幅6.5m、高さ7m、重さ1700kg) に圧倒されてしまう。パブリックアートで著名なスコットランドのデザイナー / 彫刻家 ジョン・マッケンナ (John McKenna) が、ヨーロッパからニューヨークへ向かうクイーン・メリー1の優美を捉えたものだ。マッケンナのスタジオ「A4A」 (Art for Architecture) でパーツを制作し、フランスのサンナザールの造船所でインスタレーションされた。アイデアスケッチから完成まで2年がかりだったという。

QM2のインテリアにはプライベートミュージアムの性格もあり、500万ドルをかけた芸術作品 (16カ国128人のアーティストが参加) が階段の昇り降りでも目を楽しませてくれる。パブリックエリアには1245作品、客室用もあわせて計5,000点にもなる。アムステルダムのアートコンサルタント会社エンタープライズ&アート (Onderneming & Kunst) がコーディネートしている。インテリアのどの位置に、どれぐらいのサイズで、どんな技法で仕上げたどんなモチーフの作品が欲しいのか、アートとインテリアが調和するように建築デザイナー側から綿密なプランが呈示されていた。

船内最大のメインダイニングルーム「ブリタニア・レストラン」 (1300席) には、3デッキ分吹き抜けのドラマチックな空間のアイキャッチャーとなるよう建築家からモニュメンタルなタピストリーが要望された。オランダ最高峰のテキスタイル作家バーバラ・ブロークマン (Barbara Broekmann) により、ニューヨークのスカイラインを背景に紙吹雪を浴びるQM2を描いた華やかなタピストリー (6.4m x 4.15m) が誕生する。「ブリタリア」とは、19世紀半ばにキュナード設立者 (サミュエル・キュナード) が外輸蒸気船を運航し、大西洋横断定期航路を本格化した時の最初の船の名前だった。ドレスアップして「グランドプロメナード」のコリドールを抜け、「ブリタニア・レストラン」の中央大階段をゆっくりと降りて席に着くと、ウォルナットのパネリングを始め、昔のオーシャンライナーのインテリアの特徴を最大限に今に受け継いだ重厚な空間が迎えてくれる。ゴールドのキュナードのロゴ入りの食器に、本当に豪華客船で航海中なのだということを実感する。

さて、この一番ゴージャスな空間は、実はスタンダードクラスの客室利用者専用なのである。キュナードの客船は大航海時代からの伝統で客室のクラス毎に専用のダイニングルームがあり、各客室クラスの名称に各々のダイニングルームの名前が付いている。スタンダードに当たるのが「ブリタニア」、ジュニアスイートなら「プリンセス・グリル」、贅沢度に上限のない各種スイートは「クイーンズ・グリル」とカテゴライズされる。ドイツでグリルというと即バーベキューのイメージしかないので、グリルの客室というと最初はどうも奇妙で仕方なかった。グリルクラスのレストランは、プライベートのクラブ風というか洗練されてはいるが、比較的こじんまりとアンダーステイトメントで、ブリタニア・レストランよりもっとハイエンドな空間デザインを期待しているとちょっとがっかりするかもしれない。クイーンズ・グリルではニューヨーク最高峰と言われる3つ星シェフ、ダニエル・ブールーが創作するシグネーチャーメニューを味わえたりするように、食事の内容とサービスの点ではグリルは申し分ないのだが。今回私達はプリンセス・グリルだったけど、アップグレードは不可でもダウングレードは構わないので、どうしてもあのタピストリーの真下の席に座ってみたいと、早い者勝ちで席の選択も自由なランチの時間を利用して空間を堪能したのだった。

他にもパリ風のスタイリッシュな「ヴーヴクリコ・シャンパンバー」もあれば、フィッシュ&チップスなども食べられる英国風パブの「ゴールデン・ライオン」、船前方に位置するシックな展望ラウンジバーの「コモドアー・クラブ」 (コモドアーはキュナードのキャプテンの中から選ばれる最高位の称号) 、キュナード創立者の名をとったカフェ&ワインバー「サー・サミュエルズ」に、アメリカのカリスマ的シェフ「トッド・イングリッシュ」による創作地中海料理のグルメ・レストランからハンバーガーもあるカジュアルなビュッフェ式レストランの「キングスコート」まで、こうして思い出して飲食施設を列挙していて、改めてそのバラエティーに驚く。滝が流れ水音も清々しいサロンの「ウィンターガーデン」は、王立植物園のキューガーデンがインテリアの原点で、トロンプルイユの天井画を見上げるとキューガーデンのウォーターリリー温室の中から空を見上げている感触を覚えるのだった。各々の空間で多彩な模様のデザインを見ているだけでも楽しいカーペットなのだが、英国の高級カーペットの代名詞とされる老舗ブリントンズ (Brintons) の特注で、フカフカで足元もとても気持ちよかった。

ゴージャスなボールルーム「クイーンズルーム」は、洋上随一の大ダンスフロアを持つ。3種類の木の美しいインレイワークが施されているフロアで、クリスタルと24金のシャンデリア (重さ1トン) の輝きの下で、夜はオーケストラ生演奏でダンスパーティーとなる。でも全くダンス音痴の主人を持つ私には夜の利用価値はないのだが、午後の船上のアフタヌーンティーは必須プログラムになった。正直言ってブリタニア・レストランのランチよりも満足度が高いのではと思った。

エンターテインメント施設も充実していて、ロンドンのウエストエンドの劇場を彷彿とさせる「ロイヤルコートシアター」、蔵書8000冊という洋上最大の図書室「ザ・ライブラリー」、プラネタリウムの「イルミネーションズ」に「エンパイアー・カジノ」、ナイトクラブの「G32」などが揃っているのだが、個人的にはあまり利用する気はせず、実は最も多くの時間を過ごしたのは自室のガラス張りのバルコニーだった。オープンデッキに出ればいいわけだが、なぜか自室のバルコニーのデッキチェアから眺める大海原はどこか違う。深夜にもバルコニーに出て漆黒の海に耳を傾けられる。ドビュッシーの『海』やリムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』とか、海をテーマにした音楽をiPodに用意してくればよかったと後悔した。

QM2というとドイツでも格式が高いとか先入観があるようだが、実際にはそういう堅苦しい雰囲気はなくてとてもフレンドリーでくつろげる。ドレスコードも以前ほどではなくなった。ドイツでQM2をできるだけ気軽に試してみたいというのに、人気なのがハンブルクからサウサンプトンまで2泊3日、“ちょっとお試しクルーズ”という感じのリーズナブルなショートトリップだ。 (窓なしのキャビンならロンドンからの帰りのフライトも含まれて400ユーロ以下) 先にロンドンに飛んでサウサンプトンから出航の逆ルートももちろんあるが、ハンブルク出航時の感動とは比較できないだろう。クルーズセンターもあるウォーターフロントの新しい港街「ハーフェンシティ」や、エルベ川の沿道に集まってくれた数えきれない人達が拍手喝采し「いってらっしゃい!」「よいご旅行を!」と笑顔で見送ってくれる。垂れ幕まで用意したり、花火を打ち上げるグループもいれば、イギリスの愛国歌『ランド・オブ・ホープ・アンド・グローリー』を大合唱するグループも。「皆さんありがとう、いってきまーす!」とゲストの方も一生懸命大声で船から叫んでいる。キャプテンも汽笛を鳴らし声援に答える。他のどの客船でもないQM2のゲストだから経験できるセイルアウェイ、この幸せの20分間をもう一度経験するためだけでも、きっと誰もがまたハンブルクからQM2に乗りたいと思うに違いない。

“洋上のグランドホテル”たる豪華客船に相応しくエレガントな吹き抜けの「グランドロビー」

パブリックのデッキの中央通路、屏風絵のようなアートワークが両サイドの壁を飾る。四季、四元素、大陸といったテーマの迫力ある4部作が次々と現れ視線を奪う。