デザイナーのためのヨーロッパホテルガイド 〜水まわり編〜 Vol.90

ル・グラン・ホテル・カブール(フランス・カブール)

2015/08/03

Le Grand Hotel Cabourg

Add:Les Jardins du Casino 14390 – CABOURG FRANCE
Tel:(+33)2/31910179
Fax:(+33)2/31240320
URL:http://www.mgallery.com/gb/hotel-1282-le-grand-hotel-cabourg-mgallery-collection/index.shtml
E-Mail:H1282@accor.com

カブールのカジノ公園に面したグランドホテルの正面ファサード。

「ル・グラン・ホテル・カブール」ほど、1つのリゾートホテルが1人の作家と結びついている例は希有だろう。20世紀のフランス文学の最高傑作、マルセル・プルーストの長編小説「失われた時を求めて」の第2篇「花咲く乙女たちのかげに」に、ノルマンディーの海辺の架空の避暑地バルベックと、グランドホテルが登場する。その実存モデルとなったのが、このカブールにあるグランドホテルだ。世界中からプルースト文学を愛する人が泊まりにくるという。プルーストは1907年から1914年の第1次世界大戦勃発まで(戦中このホテルは、負傷兵看護施設に)、7年に渡り、毎年の夏をここで過ごし執筆した。その滞在期間を合計すると1年半ほどになる。ホテルは作家にとって、当時の社会変化の鏡と言える場所でもあった。現在は世界中の個性的な高級ホテルを集めたアコーホテルグループのコレクション「Mギャラリー」に名を連ねる。

カブールには、ノルマンディーのコート・フローリで最も長い4kmの砂浜が広がり、ホテル前の海岸沿い遊歩道は「マルセル・プルースト・プロムナード」と呼ばれる。毎年6月恒例の「ロマンチック映画祭」(Festival des romantischen Films)が開催されると、ここにレッドカーペットが敷かれることとなる。

自分の悲しい人生に比べれば、カブールで過ごす時間はまるで美しい夢のよう、とプルーストに言わせたリゾート地は、元来は19世紀半ばまで小さな漁村だった。(現在の夏の人口は6万人だが、冬は4000人ほど)それがパリの弁護士で先見の明ある実業家のアンリ・デュラン・モリンボーの構想で、古代ギリシャの野外劇場(テアトログレコ)に倣い、カジノとホテル(1861年創業)を中心に、放射状に通りが走る半円形の新リゾート地に開発された。今ならパリから2時間だが、当時は7時間かかる長旅だったから、ちょっと週末をというわけにはいかず、パリからの裕福な客は何週間かまとめてのバカンスを過ごすようになる。

1907年7月にプルーストは、フィガロ紙でノルマンディー海岸のグランドホテルが解体され、かつてないコンフォートを揃えて新築再オープンするという記事を読み、すぐに部屋を予約させ、8月にはカブールにやってきた。喘息に病む作家には、ガスや石炭でなく、電燈やセントラルヒーティング完備という技術進歩も魅力的だった。グランドホテルは、20世紀初頭のフランスで最もモダンなホスピタリティーを誇っていたのだった。最新の電話システムや水道システムが、プルーストには当時の変革する社会の複雑なネットワークの象徴のように思えたに違いない。

過去の名声だけに頼っていてはグランドホテルの未来もない。3年がかりの大修復・大改装を経て、2011年に新スタートを切る。アコー社が650万ユーロを投資し、不動産所有者のカブール市が160万ユーロをかけた。クラブメッドのデザイナーでもあるパリのマーク・ハートリッチと、ニコラ・アドネのデザインスタジオ(Hertrich & Adnet)が、ベル・エポックのパリ社交界の夏の舞台であったグランドホテルの雰囲気を残しながらも、イタリアのルネサンスの美意識と今の時代の新しいエレガンスを融合して、グランドホテルの輝きを取り戻した。家具、照明、絨毯、壁紙、テキスタイルは、歴史的装飾デザインをふまえた上で新しくデザインされ、フランスの伝統職人工房でオーダーメイドされた。「20世紀を生き抜いた古い建物を歴史に敬意を表しながら、私達の時代に再びエスタブリッシュさせなければなりませんでした。コンテンポラリーな要素とスタイリッシュなフィーチャーを繊細に歴史にブレンドして、エレガンス & ロマンスの観点で新しいビジョンを実現しました。」

ホテルに入ってレセプションに向かう前にまず目を引くのは、プルーストの時代からの美しい石の床の模様と、劇場の緞帳のようなゴージャスなカーテンの向こうのバー「ラ・ベル・エポック」だ。このバーでは「ホワイトスワン」というロングドリンクを試してみたい。期待通り「失われた時を求めて」にインスピレーションを得ており、プルーストが愛飲したヴーヴクリコのシャンパーニュのホワイトラベルと、サンジェルマン・エルダーフラワーのリキュールにレモンピールとライムジュースの爽やかなミックスだ。ホテルのロビーを抜けるとシーサイド。ノルマンディーの海岸の5つ星ホテルで、ダイレクトにプライベートビーチと繋がる唯一のホテルなのだ。バカンスのシーズンにはオープンエアの「ラ・プラージュ」レストランもオープンする。大きな窓のレストランをプルーストは電気の照明に明るく光るアクアリウムに喩えていたが、この「ル・バルベック」では、ガラスフロントからシービューを堪能しながら食事を楽しめる。フランス映画「ぼくの大切なともだち」もここで撮影された場面がある。夜型のプルーストは午後2時まで眠り、遅い朝食にレストランで舌平目とカフェオレを注文していたとか。

ホテルの客室は全70室、荘厳な外観の印象からすると少ないのではと思う。客室のある4フロアには、カブールに縁ある著名人の名前がつけられた。プルーストはもちろんのことだが、 パリの伝説的ミュージックホール「オランピア」のディレクターで、晩年1970年代にカブール市長に就任し、パリのアーティスト達を再びこのリゾート地に誘いブームをもたらしたブルーノ・コカトリや、女優のサンドリーヌ・ボネールの名が見えた。ジャン=バティスト・ピロン大佐とは誰かと思ったら、第2次世界大戦時にカブールを解放した英雄とのことで、その頃ドイツ軍がこの美しいグランドホテルと海辺を占領し、近所に娼館まで設けて楽しんでいたという史実に、ドイツからの客としては申し訳なくなってしまった。

「そう簡単に何度も来られないから、是非ともプルーストの部屋に泊まりたい」と思い、部屋が空いている日にカブールに着けるよう必死で旅程を調整した。他のリニューアルされた部屋の方が快適さもレベルアップで、デザイン的にもずっと魅力的だけど、熱烈なプルースト愛読者のヘニングさんには、インテリアもノスタルジックな414号室しかありえない。(ヘニングさんは20代の頃に喘息にかかってしまい、当時はハウスダストのアレルギーとは知らず、プルーストの読み過ぎかと疑いたくなったこともあったのだ。)この部屋だけ、時が真空パック保存されたよう。プルーストはホテルの4Fに3室の部屋をとっていたと言われ、自身はその真ん中の部屋に寝泊まりした。左右の部屋は隣室からの音が邪魔にならないよう、確実に静けさを確保するための防音エアクッション役だったわけだ。真鍮のベッドにアールヌーヴォー装飾の木の戸棚、書机にランプ、調度品はプルーストが滞在した時代のヴィンテージものだが、実際に使ったものではないので、憧れの作家が夢見たベッドに眠れるとか、その点は期待しすぎないように。でもこの部屋の窓からプルーストが波の数を数えていたのかと思うだけでも感動してしまう。ガブリエル・フォーレやレイナルド・アーンの楽譜を棚に発見し、フィリップ・ジャルスキーが歌うフォーレやアーンのフランス歌曲をiPodに入れてもってくればよかったと後悔してしまった。

ノルマンディーの海辺側から。

写真右手は隣接するカジノ。

ファサードの装飾ディティールもいかにもベル・エポックらしい。

エントランス入ってすぐ、バーの「ベル・エポック」。

ホテルが600万ユーロを投入して改装されたのが、壮麗なロビーの美しさからもわかる。ロビーを抜けるとドアの向こうは大西洋の海。

マルセル・プルーストの胸像がロビーにも。

ロビーからレストラン方向を見る。

レストラン「バルベック」。(カブールがモデルとなり、プルーストの作品に出てくる架空の地名)

プライベートの祝宴用ランチセッティング。

レストランから2Fパブリックトイレへの通路。

ハイセンスな化粧室。

メインエントランスの右手、客室へのエレベーター。

フローラルデザインの床のモザイクも美しい。

マルセル・プルーストが泊まった部屋のある階。エレベーターを出ると、壁にはプルーストのサインが。

プルーストの部屋、414号室。

プルーストの滞在当時にタイムスリップできるよう、この部屋だけ当時のアンティークなインテリア。

部屋の廊下には、当時の海辺リゾート風景を描いた絵画。

部屋にもプルーストに関する思い出の品がたくさん。

マドレーヌに紅茶。

これがきっとプルーストも堪能した眺め。

バスルームは、部屋と廊下から入れるようにドアが2つ。

バスルームも当時のままをできるだけ再現してある。水栓やバスタブのカーテンのドレープ具合がノスタルジック。洗面器はデュラビットの1930シリーズ。

廊下側のドアを開けるとちょうど海辺の絵画が見える。

トイレはバスルームと区切って、部屋のドア脇に。プルーストの部屋でもトイレは現代の快適さを。