風景をつなぎとめる
前面道路の拡幅にともない建て替えられた「bollard」*は、建主と母と娘、3人家族のための住宅である。敷地手前で緩くカーブするこの道は、直近で国道につながり生活道路と呼ぶには交通量が多く、学校の登下校時には多くの生徒たちが行き交う。このような周辺環境に対して、硬い壁で視線をはね返すように内部を守るという選択肢もあったのかもしれない。しかし、不特定多数の人々の交通と視線に晒される環境であっても、やはりここは住宅地である。考えるべきは硬い壁ではなく生活の場を柔らかく、確かに包み込む住宅のあり方であろう。拡幅される道路によって削られた50㎡弱の敷地に、建ぺい率を使いきり、高さ制限や斜線、日影規制をかいくぐるほぼ最大のボリュームを建ちあげている。歪んだ5角形平面は隣地との正対関係を避け、わずかではあるが3つの小さな庭を生み出した。それを立ち上げた頂部は4面の屋根で構成され、全体としてマッスというよりは、紙ふうせんのように、薄いエンベロープを膨らまして内部が外へ押し出されるような感覚を意識している。小さな吹き抜けによって家のどこにいても、このエンベロープに包まれていることが感じられ、延べ床面積25坪とは思えない大きさと広がりがある。膨らみの圧力で内部から飛び出したような大小の出窓は、敷地内の小さな庭、隣家の庭木、向かいにある建主の母校の正門、道路の緩くカーブした先、校庭のヒマラヤスギの大木等々に向けられている。内部からの視線はこの出窓を通して、周囲の近景、中景、遠景へと自然に導かれ、日々の風景が家族の記憶としてつなぎとめられていく。一方、このガルバリウム鋼板の多面体は、道行く人々の視線を真正面から受けることなく、それを微妙にいなしながら絡め取っていく。それはまるで、船がbollardに係留されるように、とりとめのない街の姿が、固有の風景として人々の記憶につなぎとめられていくようである。 洗面室やキッチンの水栓や洗面器は実直で簡素なインテリアとの相性を考え、オーソドックスでありながら、姿の美しいセラトレーディングの器具を採用した。
*船舶を係留するために桟橋や埠頭に設けられる係船柱