デザイナーのためのヨーロッパホテルガイド 〜水まわり編〜 Vol.94

アルテス・シュタールヴェルク(ドイツ・ノイミュンスター)

2016/09/01

Altes Stahlwerk Business & Lifestyle Hotel

Add:Rendsburger Straße 81·24537 Neumünster
Tel:+49 (0)4321 55 600
E-Mail:info@altes-stahlwerk.com URL:http://www.altes-stahlwerk.com/

廃製鋼所からビジネス&ライフスタイルホテルの建築コンプレクスに生まれ変わった。

ノイミュンスターは、バルト海と北海に挟まれるドイツ最北端の州、シュレースヴィヒ=ホルシュタインの小都市。19世紀には「ホルシュタイン地方のマンチェスター」と異名をとるほど、繊維や皮革産業で繁栄していたという。21世紀の今日は、ノイミュンスターと聞くと、まず頭に浮かぶのはデザイナー・アウトレットセンターぐらいで、正直なところ何も見所がないイメージ。ハンブルクからは1時間もかからないが、ハンブルク育ちのヘニングさんでさえ、一度も行ったことがなかったのだった。それがこのユニークなビジネス&ライフスタイルホテル「アルテス•シュタールヴェルク」(旧製鋼所)と、ひっそりと息づくプライベートの美しい彫刻公園の存在を知って、前から計画していたリューベックへの週末旅行を急遽ノイミュンスター経由にしたのだった。

「旧製鋼所」という名前からも察しがつくように、前世紀の重工業の残骸をホスピタリティー空間へと再開発したホテルだ。レンツブルガー通りのホテルのエリアは、1926年に建設された「ノルディッシェ・シュタールヴェルク(北の製鋼所)」の工場だった。この製鋼所は、船舶や大機械のパーツを生産していたが、2001年に閉鎖を余儀なくされ、その後は施設の廃墟化が進んで行った。金属目当ての泥棒が後を絶たず、グラフィティアーティストには、願ってもいないクリエーションの場となり、秘密のパーティー会場となり、インダストリー廃墟独特のロマンにファッション雑誌の撮影にも使われたりした。ついに放火による火災事件で建物崩壊が危惧され、解体の決定が下り、2008年にディベロッパーのヤン・ピンノとシュテファン・ヨハンゼンが800万ユーロを投資し、再開発プロジェクトを発足させたのだった。2012年に客室やセミナー&イベント用の新築2棟と、オリジナル建築のレストランの計3棟から成るホテルコンプレクスが完成する。

建物の大半は、保存状態が悪く取り壊さなければならなかったが、かつては砂吹き付け機で鉄鋼パーツが研磨されたホールは再利用可能で、迫力ある天井採光のアトリウム的大空間に、コンプレクスの心臓部となるレストラン&バー「摂氏1500度」(1500 Grad Celsius)ができた。毎月ドイツの人気シンガーソングライター等のコンサートも開かれる。旧製鋼所の歴史を暗示すべく、スチールの溶点の温度を名前に選んである。走行ウィンチ台車なども残り、工場建築独特の魅力を今に伝える。建築家のヴィレム・ハインとトーマス・ラーデホフは、古いインダストリー建築への敬意を忘れず、旧製鋼所から放たれる無二の雰囲気を、未来へも心地よく残すことをコンセプトに、元来は力強い男達が汗だくで労働に勤しんだ場所を、今のライフスタイル表現の場所に変貌させる課題へと挑んだ。現場のインダストリー廃墟の美が、デザインのインスピレーションの源だった。

インテリアは、キール・ムテジウス芸術大学の学生を対象にしたコンペで集まったアイデアを活かして、デザイナーのラインホルト・アンドレセン(在デンマーク)が担当。オリエンテーションデザインとしての館内のコンクリート壁をクールに彩るグラフィティが楽しい。トイレもルームナンバーのグラフィティも凝りに凝っている。これらはインテリアデザイナー(愛称ナージー)と、イギリス人のアーティスト、ブラッド・ショーン(愛称ショーニー)のコンビ「NASH」のなせる技だった。研磨ホール内のトイレで男性と女性の手洗いコーナー間のパーティションのデザインが、新しいコミュニケーションの可能性を生んでいる。モザイクのようにレーザーカットした錆スチール板の孔から向こう側で手を洗っているゲストと思わずチラリと顔合わせ。その予期せぬ瞬間に誰もが笑ってしまう。この出会いが縁で、いつかカップル誕生となるかもしれない。

7階建ての新築客室棟は、S、M、Lの3サイズのダブルルームと、XLのスイート3室で、計100室。パープル、オレンジ、グリーンとフロア毎にテーマカラーがあり、部屋のインテリアはインダストリー文化をコンテンポラリーに解釈したデザインに仕上がっている。ベッド上の壁にも飾られている写真シリーズは、ノイミュンスター在住の写真家、マリアンネ・オープストの作品。ホテル建設前の廃墟時代の写真の数々をネットでも公開している。
http://www.marianne-obst.de/106IndustrieNMS/106NordischeStahl/NordischWebgalerie/index.htm
ホテル建設前の今では、もう帰らぬ時代の興味深い記録である。

研磨ホールを再利用したレストラン「摂氏1500度」

新築のホテル棟。

エントランスホールとレセプション。ロビーのラウンジは、暖炉の燃えるリビング風。

フルーティーなレッド・アイスティーと冷水のセルフサービスが嬉しい。

ロビーとレストランの間にワインバー。

スチールの溶点温度を名前にしたレストラン&バー「摂氏1500度」(1500 Grad Celsius)。旧研磨ホールには走行ウィンチ台車なども残る。2レベル吹き抜けのガラス屋根の印象的な空間。

レストラン上階のビジネスフロア&パブリックトイレへの階段室。壁のグラフィティが実に楽しい。

レストラン上部のギャラリー空間には各種セミナールーム、会議室が並ぶ。

ビジネス休憩にはサッカーゲームでリラックス。

旧研磨ホールの天井構造が目の当たりになる。

工場作業員着用必須のヘルメットが婦人用(D)化粧室のサイン。

男性用、女性用の手洗い場がレーザーカットの孔で微妙に視覚的に繋がり、思わぬコミュニケーションが生まれる。

男性用。ノイミュンスターのサッカークラブ応援のグラフィティが壁を飾る。

中庭はレストランのテラス席。旧製鋼所に残ったマシーンの一部がスカルプチュアに。夕刻にライトアップされるとまるで動くように迫力を増す。

ドイツ国民最愛のソーセージ料理カリーヴルスト&フライドポテトのコンビもトレンディなセットで登場。ごく普通のデザートと予想していたら、期待を越えるクリエーション。

客室棟のサインのグラフィティアートもユニーク。グリーンがテーマカラーの3F。

週末はストップオーバーのアレンジで朝食込み100ユーロのダブルルーム。アウトレットセンターの割引特典も付く。窓が天井から床までフルレングスで明るくお日様もたっぷり。スチール製のベンチやコートハンガー、ユーロパレットリサイクルのナイトテーブルなどオリジナル製作。

ベッド上の旧製鋼所の写真はマリアンネ・オープストの作品。

ノートブック用の可愛いサイコロクッションが用意される。

お決まりのレザーカバーを開くという形でなく、ホテルのA-Zのインフォメーションはクリップボードに。

バスルームもファクトリースタイル。洗面器は配水部分がテーマカラーの緑のエレメントで楽しく目隠しされている。シャワーブースの床も配水口がほとんど目に入らないすっきりデザイン。グラフィティ壁掛けオブジェ「スプラッシュ」が水しぶきを象徴。

初めてのノイミュンスター訪問の理由は、このゲリッシュ(元ノイミュンスター市長)財団の素晴らしいプライベート美術館と彫刻庭園にあった。20世紀初めのユーゲントシュティール様式のヴィラ・ヴァッハホルツと庭園でユニークな企画展が定期的に開催されている。

美術館内のカフェ。モダンな家具とユーゲントシュティールのストーブ、民族芸術のミックス。