デザイナーのためのヨーロッパホテルガイド 〜水まわり編〜 Vol.97

カサ・エリュール(マルタ・バレッタ)

2017/05/08

Casa Ellul

Add:Casa Ellul, 81, Old Theatre Street, Valletta VLT1429, Malta
Tel:+356 21 224 821
E-Mail:info@casaellul.com URL:http://www.casaellul.com/

オールドシアター通りにあるデザインホテル。エントランスのドア前に小さな鉄門があるのもバレッタ独特。

地中海に浮かぶマルタ島の要塞都市バレッタ。世界遺産にも登録されているマルタ共和国の小さな首都では、近年その独特のバロック時代からの伝統建築と、コンテンポラリーなデザイン & ライフスタイルを融合して、文化価値の高いホテルに再開発する意欲的なプロジェクトが増えてきている。マルタのバレッタが「欧州文化首都2018」の1つに選ばれているのもそのトレンドの契機となっていよう。

バレッタの心臓部を横切るオールドシアター通りに、2014年のマルタ・デザイン週間にあわせてオープンした「カサ・エリュール」は、今日のバレッタにおけるデザインホテルやブティックホテル開発ブームのパイオニア的プロジェクトである。アイコニックなドーム建築を誇るカーマライト教会の真向かい、ヨーロッパ最古のオペラハウスの1つに数えられるマノエル劇場の斜め向かい、バレッタ市街でもこんな絶好ロケーションのラグジュアリーなホテルはない。スイート8室のみという本当にエクスクルーシブなホテル。この隠れ家的ホテルはVIPの滞在も少なくないが、英国のハリー王子の恋人として今注目される米女優メーガン・マークルもその1人であった。

マルタストーンと呼ばれる蜂蜜色の石灰石になるオリジナルのネオクラシックな建築は、カサ・エリュールという名が示唆するように、代々続くエリュール家の邸宅であった。初期ヴィクトリア時代の1837年に改築開始され、バロックやロココの装飾過多気味なスタイルから、エレガントでスマートなスタイルになり、当時最も美しいタウンハウスに数えられたという。ホテル仕掛人は、5代目を受け継ぐマシューとアンドリューの兄弟で、本業の老舗「エリュール・ワインズ & スピリッツ」店を経営する。ホテルのゲストはこのワインショップでマルタ産ワインのテイスティングに招待される特典もある。

実は兄弟は、相続したタウンハウスを売却すべきか保持すべきか悩みに悩んでいたと言う。観光業が最重要なマルタだが、バレッタは21世紀に入っても理想的宿泊設備が整っているとはお世辞にも言えなかった。知人の建築家クリス・ブリッファのアイデアと説得で、兄弟が決心する。オリジナルの構造に最小限の変化のみ加え、オーセンティック性を確約し、エリュール家を築いてきた様々な人の生涯や、個性に捧げるインテリア、ホテル内にエリュール家の“私の歴史”が残ることを条件にゴーサインが出た。構想から18ヶ月を経て新古が見事に融合。複雑なプランニングは言うまでもない。既存の空間だと5スイートだけ可能だが、これではビジネスにならない。そこで屋上に増築する提案がホテル経営を具体化させた。わが家では残念ながら予算オーバーだったので、写真では紹介できないが、夜には神秘的にライトアップされる数メートル先のカーマライト教会の屋根を手に取るように感じられるジャクジーバス付きのテラススイートがその増築部だ。インテリアデザインのディテールは、バレッタの建築遺産がそのアイデアの源だったと言う。

ホテルの玄関に入るには、まずドア前に設置されている鉄柵を開けないといけない。多分ヨーロッパではマルタでしかお目にかかることはないだろう。バレッタ中で目につく何のためか不思議なこの柵、なんでも元々は通りを移動する羊が家に入らないようにしたのが始まりだとか。バレッタのタウンハウスに典型的なヴォールト天井のエントランスホールは、展示作品が変わりアートギャラリーの性格もある。マルタの実験的写真家でマルチメディアアーティスト(Ritty Tacsum)が、朝食レストランや客室にエリュール家の人々やマルタの街の場面をカメラで捉えたフォトコラージュを制作した。

バレッタのタウンハウスにある雰囲気の良い中庭の構造もユニークだ。ここでは、ナポリ国立考古学博物館蔵のファルネーゼの彫刻にインスピレーションを受けたというギリシャ神話の英雄神ヘラクレス像と、暖炉もあるモダンなデザイン家具のラウンジが好対照をなす。鮮やかなグリーンの芝生が足元でなく、壁に高く伸びて行くのも楽しい。

泊まったのは中庭を見下ろす2Fの静かなツインデラックスの「スイート2」。ベッドルームの床を彩るマルタ独特のパターンのタイルは伝統あるHalmann Vella社でハンドメイドされたものだ。リネン類も肌触りからとてもラグジュアリーだ。収納用には、マルタのアンティークな雰囲気のアールデコ調の木の家具。バレッタのような街では、部屋にTVなんかなくていいとも思うが、置かないわけにはいかないだろう。レトロなデザインのファニチャー感覚で、違和感がなくインテリアに溶け込む。

クリス・ブリッファのデザインは、とりわけバスルームへのこだわりが半端ではない。この部屋もバスルームの方がベッドルームよりも広い。バスローブの紐をくるくる巻きする置き方や、タオルの掛け方も凝っている。床や壁にはカララビアンコとグレーのバルディリオのイタリア産大理石。カップルなら1人がバスタブでリラックスし、1人はアンティークの振り子時計を背景に、トイレ前にあるシックなフランス製のブルーグレーの椅子に座っておしゃべりできる。もうこうなるとバスルームというよりは、バスルームを超越したリビングルームである。

エントランスホール。

入って左にレセプション&ロビーラウンジ。

真向かいのカーマライト教会がラウンジからも見える。

暖炉のある中庭。1830年代のオリジナル建築の新古典主義と、コンテンポラリーデザインの融合がここでも明らか。

ブラックボックスがエレベーター。

階段室。

ブレックファストレストラン。

ツインデラックススイートのベッドルーム。レトロなTVのデザイン。

ベッドルームから見たバスルーム。ベッドルームより広く贅沢なリビングルームのよう。

バスタブを真ん中に挟んで右がトイレ、左がシャワーブース。

エレベーター利用でベッドルームのドアから、階段を使えばバスルームのドアからも部屋に出入りできるのもユニーク。これはドアの内側。

こちらが階段室に面したドアの外側。脇には美しい磁器が展示されている。

カサ・エリュールは、ヨーロッパで3番目に古い歴史を持つマノエル劇場の斜め向かい。1731年のバロック様式の建築。目もくらむようなマルタ騎士団のバロック様式の教会建築「聖ヨハネ准司教座聖堂」。礼拝堂にはカラヴァッジョの傑作「洗礼者ヨハネの斬首」。