ホテル情報
Tortue
- Add
- Stadthausbrücke 10, 20355 Hamburg, Germany
- TEL
- +49-40-33 44 14 00
- info@tortue.de
- URL
- https://www.tortue.de/en/
ハンブルクの中心街、シュタットハウスブリュッケ通りに面したホテル「トルテュ」のメインエントランス。その脇で私達ゲストを迎えてくれたのは、ブロンズ製のカメさんだった。ドイツ人はそんなことは知らないだろうが、日本なら縁起物のカメだ。「初めまして」と、思わずその頭を撫でてあげたくなる。アーチを進むと、足元の敷石で別のカメさんに遭遇、ホテルのロゴマークが真鍮で装飾されている。「トルテュ」という名はフランス語で「カメ」。このハンブルク最新のブティックホテルは、カメさんがシンボルなのだ。
紫色のカーペットが敷かれる階段を上り、ロビーに入って最初に対面するのはレセプションカウンターではなく、暖炉の上に飾られた1枚の絵だ。この絵がホテル名に託された意図を表現する。お洒落なスーツに短ゲートル(半脚絆)というダンディなスタイル、リードに繋がれているのは愛犬ではない、なんとカメを連れて歩いている絵。19世紀半ば、パリではパサージュの散歩にカメを連れて歩くという突拍子もない遊びが流行っていたという。カメは無限に、時間に余裕ある贅沢な生活ができることを表していた。ダンディズムへの憧れと、マイペースで何事にもせかされず、ゆったりと進むことへの提言が、カメに込められている。本質を見極める鋭敏な感覚を育てるための貴重な時間、生き方を問い直し新しいパースペクティブを発見する時間、内省する時間、ひたすら楽しむ時間、様々な形の時間。トルテュは時間の価値をセレブレーションするホテル空間を目標にした。
控えめでブリティッシュなイメージのハンブルクにあって、パリのホテル「コスト」をお手本にし、トルテュはフランス流に人生の楽しみ方を歓喜するサヴォアヴィーヴルの雰囲気を醸し出す。ハンブルクはナポレオン戦争時(1806年~1814年)、フランス占領下にあり、この間にフランスの文化やライフスタイルがハンブルクに伝わったという。トルテュはその頃を少し郷愁してもいるのだ。
デヴィット・チッパーフィールドのベルリン事務所やキューン・マルヴェッツィ・アーキテクツが、ノイアー・ヴァルとグローセ・ブライヒェンという高級ショッピング街の間に、5つの歴史的タウンハウスが中庭で繋がる商業コンプレクス「シュタットヘーフェ」を建設するという、大規模な都市再開発プロジェクトの構想が生まれた。ホテルはそのうちのホーフハウスというコの字型の建物を占める。歴史的建造物保護法下に置かれる19世紀末の公共建築(設計:ハンブルク市建設局長カール・ヨハン・クリスティアン・ツィンマーマン)で、ホテルになる前は市の都市開発局であった。コンテンポラリーなデザインに、修復されたオリジナルの古い支柱が丁寧に組み込まれている。
ホテル全体の建築的デザインと「バー・ノワール」「バー・プリヴェ」は、ハンブルクのスティーブン・ウィリアムズ・アソシエイツが手がけ、アジアレストラン「ジン・グイ」は、香港のインテリアデザイナー、ジョイス・ワンが魅惑の空間演出を達成した。ネオ・ボヘミアンなタッチのロビーや客室、「ブラッスリー」、「バー・ブル」は、在アムステルダムのイギリス人デザイナー、ケイト・ヒュームが独自のエクレクティシズムに仕上げた。
インテリアで特に印象的なのは壁紙で、いずれもアムステルダムのスタジオ「DeSimoneWayland」(以前はLittle Owl Design)のデザインで、ロビーや廊下は牧草、部屋はアサガオと、自然の植物がパターンのテーマだ。一昔前のデザイン系ホテルは、ニュートラルな壁が大半で、古城で見るような模様付きの壁紙など考えられなかったものだ。オーガニックなオランダの壁紙と、ドイツの著名ブランド「ヤン・アンシュテッツ」(本社:ビーレフェルト)のジオメトリックなパターンのカーペットがいい具合に協和する。
カメは全126室の部屋のインテリアにも出現する。ジュニアスイートなど、上のクラスの部屋では、テーブルランプの脚が白磁のカメのデザインだが、私達のダブルルームでは、カメさんの甲羅紋様が六角形のスツールに表現されていた。腰掛けると吉兆をお尻に感じそうでもある。ベッドは英国王室御用達(バッキンガム宮殿などで使用)のヒュプノス社のもので、寝心地も抜群だった。明るいホワイト&グレーの大理石のパターンに、ゴミ箱やティッシュ容器、ドライヤー入れ袋など、黒のアクセントでシックにまとめた広いバスルーム。ラウフェン社とカルテルのコラボで誕生した洗面台(デザイン:Ludovica+Roberto Palomba)を使ったホテルはここが初めてで、面白い視覚効果の床のタイル貼り方法とあわせ、とても新鮮だった。
2018年6月のオープニングまで、長い歳月を要したプロジェクトを実現させたのは、マーク・チウニス、アンネ=マリー・バウアー、カーステン・フォン・デア・ハイデのトリオ。最初の予算の倍額となる2200万ユーロを投資した。マークとアンネ=マリーのコンビは、ハンブルクで今も人気のデザインホテル「イースト」(デザイン:ジョーダン・モーザー)を築き上げた経歴を持つ。カーステンはガストロノミー専門家で、地中海料理店「タランテッラ」(ローリングストーンズのミック・ジャガーとロン・ウッドが、昨年のコンサート後、密かにここでディナー)を成功させ、ここで新しい挑戦を試みた。私達が是非ディナーをと思っても、レストランは予約で満席だったことからも、既にハンブルクっ子の心を射止めたようだ。
ホテル前の大通りはまだ建設工事中なのが残念だったが、4車線が2車線に減らされ、逆に歩行者道がぐんと広くなり、遊歩できる憩いの並木道に変貌する途上にある。来年の夏には100席のルーフトップバーがオープン予定、またパリの香水師にトルテュの香りをクリエイトしてもらってあり、いずれホテルのブティックも完成すればそこで販売されると思われ、今後も新しい魅力が増えていくようだ。
ところで、現在のホテルの建物自体の所有者は、私が暮らすハノーファーに本部を構えるニーダーザクセン州医師会の医師年金部門だと聞いた。ということは、宿泊代はハノーファーで日頃お世話になっている医者達の年金の足しになるのだろうか。ホテルのそこかしこでカメさんデザインを目にした後では、今度検診で会う医者がカメに見えてきそうだ。
2018/11/01時点の情報です