HOTEL GUIDE ホテルガイド

文化ジャーナリスト小町英恵 (早大独文卒) とハノーファーの新聞社で文化部長を務めるヘニング・クヴェレン (ハンブルク大卒、政治学修士) 。夫妻で続ける音楽とアートへの旅の途上で体験した個性派ホテルをご紹介いたします。

絞り込み

54件

2010/09/10

シャンブル・ボート(ベルギー・ハッセルト)

フランスのようにベルギーでも一般家庭が自宅のゲストルームを朝食サービス付きで提供するシャンブル・ドットに魅力的な宿がたくさんある。それは古い農家や貴族の館だったり、アールヌーヴォーのタウンハウスの一室だったり、ミッドセンチュリーモダンのロフトだったりもする。インテリアも近年はブティックホテルに負けないハイセンスな例が増え個性派旅行者には嬉しい限りだ。しかしこのハッセルトに停泊しているようなユニークな水上のデザイン民宿は、ベルギーはもとよりヨーロッパのどこを探しても見つからないだろう。

シャンブル・ドット(Chambres d'hotes)をもじって「シャンブル・ボート(Chambres b'hotes)」という。ハッセルトの街の北を流れるアルベルト運河を出入りする船の波止場、ケンピスヘ埠頭に錨を下ろしている。オーナーのヤン&ヒルデ・フランセンス=スフルペン夫妻はこのプロジェクトに取りかかる前はハッセルトの中心街で飲食店を経営していた。現役の貨物輸送船としてはもはや骨董品となった古い内陸水運用船(1964年建設)を買い上げ、退職後の2人の人生の再出発を記念して船で暮らすという夢の実現に挑む。エントランス脇にかかる真っ赤な浮き輪に船の名前が読める。「素晴らしい運命(Le Fabuleux Destin)」号だ。夫妻が大好きな映画という『アメリー・プーランの素晴らしい運命』(邦題『アメリ』)から付けられた。この憧れの船上生活を可能にしてくれた素晴らしい運命への夫妻からの感謝も込められているのだろう。

船の前半分に夫妻のマイホームがあり本当にこの船で365日暮らしているのだ。リビングダイニングだけ少し見学させてもらったが、NYかどこかのロフトのようにクールな住空間だった。長年の友人でハッセルトのモード美術館なども手掛けたベテラン建築家ヴィットリオ・シモーニ(www.simoni.be)の長い経験と美的センスが最小限のスペースを最大限に効用して小さな船のリニューアルデザインに凝集された。構想から2年かかって2007年に竣工した。改装工事前のそれはオンボロな船の写真を見ると自分がこうして経験している今の状態からはとても同じ船とは信じられない。

チェックインしてまずは靴を脱いでスリッパに履き替える。日本の旅館みたいだ。お天気が良ければ船上のテラスにヤンさんがウェルカムドリンクを用意してくれる。ハッセルト近郊にあるワイン城「GENOELS-ELDEREN」のスパークリングワインにわさび、梨のシロップ、トリュフ入り蜂蜜のトッピングでチーズのおつまみだ。ベルギーにワイナリーがあることも知らなかったので初めてのベルギー産ワイン、それも「黒真珠(ブラックパール)」という粋なネーミングのを口にするだけでも大満足だったが、その爽やかでフルーティな美味しさにもびっくりした。

船のちょうど真ん中に温水プールがある。カウンターカレントの装置もありかなりのトレーニングになった。ゲストルームは全部で4室。ドアのルームナンバーやルームキーのホルダーはモールス符号文字をデザインしてある。暖かくナチュラルなトーンで、デスクやベッドの角などの処理がうまく、狭いのに狭さを感じさせず十分に2人が動ける。引き戸を開けるとバスルームは期待以上に広いスペースが確保され、淡いクリーム色でシャワーボックスはレトロフューチャーなデザインだ。バスルームの水栓やシャワーはHANSA社がプロジェクトに賛同しスポンサーしている。銀箔を張った木のオブジェクトが部屋やラウンジの壁を飾る。このシルバーの寂びた輝きのせいかどうか、ハッセルトにいるのにこの船のベッドではヴェネツィアの運河に浮かんでいるようなのだ。

翌朝9時に朝食のためラウンジに向かう。ラウンジのデザインとパーフェクトにマッチしたテーブルセッティングにも驚いた。リッツカールトンやケンピンスキーの5つ星のホテルでもいろいろ思い出してみたがここまで徹底したこだわりの朝食でもてなしてもらった記憶はない。オランダからの他のゲストがいなければ、ブラボーと拍手喝采したいくらいだった。本当にごちそうさまでした!

ベルギー

2010/06/25

マーティンズ・パーテルスホフ(ベルギー・メッヘレン)

ヨーロッパ大陸で19世紀に初めて鉄道が走ったのがベルギーのブリュッセルとメッヘレンの間だった。1835年5月5日、ベルギー国王レオポルド1世と英国から蒸気機関車の父ジョージ・スティーブンソンを迎えヨーロッパ大陸における汽車旅の歴史が始まった。シュッシュッポッポ、シュッシュッポッポと走り出す汽車に興奮と緊張の面持ちで乗り込みメッヘレンの駅に降り立った紳士淑女達、その歓喜の瞬間を想像しながらデイル川沿いのメッヘレン (ブリュッセルの北25キロ強、人口7万5000人) の市街に入った。16世紀にネーデルランドの首都として栄えた古都だ。その旧市街の一角にホテル「マーティンズ・パーテルスホフ」は2009年5月にオープンした。聖フランシスコ教会と修道院がラグジュアリーなブティックホテルに変容したのである。このホテルは、ベルギー各地に歴史的建築とコンテンポラリーなインテリアデザインが溶け合う個性的なホテルをクリエートしてきたマーティンズ・ホテルグループの最新プロジェクト。と同時にグループに属するホテルの中でも最も印象深い空間経験をゲストに与える。マーティンズ・ホテルのチーフデザイナー、ユジェット・マーティン=フラポンはプロジェクトを振り返りこう語る。「まず誰もいないエンプティな空間をひたすら歩き回る、そうすると光が空間のボリュームに織り込まれていくのが見え、空間のエネルギーが伝わってくる。いつのまにか古い壁が語り始め、インスピレーションが湧いてくるのです。」

ホテリエのジョン マーティン氏はベルギーの大手ビール&清涼飲料会社「ジョンマーティン」の創立者の孫。その祖父が嘗てジャンヴァル湖岸でシュヴェップスを生産していた工場が不要になり1981年現在のデラックス・スパホテル「シャトー・ド・ラック」を開発したのがホスピタリティー業界へのデビューだった。しかしながらジャンヴァル湖そのものがマーティンズ・ホテルグループの私財産というから驚かされる。

メッヘレンのパーテルスホフ (4ツ星) の外観はオリジナルに忠実に修復されたネオゴシック様式の教会建築で、本当にここが超スタイリッシュなホテルだとは中に足を踏み入れるまでちょっと信じられない。聖フランシスコ教会の建設は1867年に始まり、修道院全体は1873年に完成した。20世紀末に修道士達が去り修道院は売りに出され、先に庭園と修道院棟の一部がマンションになった。教会をホテルにする構想が芽生えたのは2008年の春のこと。部屋は全部で79室、「コージー」の23室が修道院の建物にあり、56室は「チャーミング」「グレート」「エクセプショナル」「ベスト・オブ・ホーム」のカテゴリーに分かれ教会の建物にある。

以前オランダのマーストリヒトの教会と修道院のデザインホテル「クルイスヘレン」を紹介したことがあるが、教会がパブリックスペースのみに使われていたのとは違って、ここでは教会の側廊部分や上層部分にジャグジーバスまで付いた客室が配された。実際に教会空間の中で眠れるホテルとはひょっとして世界でここだけなのではないだろうか。教会を観光見学するとステンドグラスの窓や列柱、ヴォールトの天井は高い位置にあり地上に立つ人間には手を伸ばしてもタッチできない。色鮮やかな教会のステンドグラスの薔薇窓が万華鏡のように光の絵を泊まる部屋に投影し、アーチ、ヴォールト、支柱が部屋の空間ストラクチャーを決定する。ベッドヘッドも巧みにアーチのストラクチャーに組み込まれた。部屋に限らず、客室階の廊下や回廊でも花や植物の象った柱頭のスタッコ装飾がスポットを浴び神秘的に空間に浮かび上がってくる。茄子紺、小豆色、チャコールグレーといった深いダークな壁の色もスタッコの白とコントラストをなし、ドラマチック性を増す効果にもなっている。

もはや聖歌隊の歌声は響かないけれど、教会の内陣がブレックファスト・レストランだ。祭壇画を目の前にブレックファストというのも初めての体験だ。“清貧の人”と言われ徳の一つとして“貧”を愛した聖フランシスコ、その修道院がラグジュアリーになってしまって天国で苦笑しているかもしれない。

ベルギー

2010/04/15

ファン・デル・ファルク・ホテル・ヒルデスハイム(ドイツ・ヒルデスハイム)

ヒルデスハイムは家から車で30分もかからずに着いてしまう。大聖堂(樹齢1000という薔薇が茂る)と聖ミカエル教会という世界文化遺産が2つもあるのだが、こう近いといつでも出かけられると思っているうちに、かなりの御無沙汰をしてしまっていた。そうしたら今年は聖ミカエル教会がなんと設立1000年を迎える記念の年というニュースを聞いて、ヒルデスハイムで週末を過ごす決意を固めた。「ファン・デル・ファルク」はヒルデスハイムの街の中心にあるそれは美しいマルクト広場に面した唯一のホテル。広場には中世の木組みの家から4世紀に渡る建築スタイルが肩を並べ寄り添う。1945年に空襲で破壊された広場は、1980年代に職人技術の粋を尽くしてファサードが戦前の状態に復元された。広場の北側、ホテルは可憐なロココ様式のスタッコ装飾が特徴的な「ロココの家」を真ん中に、左の17世紀の「シュタットシェンケ(町酒屋)」と右の16世紀の「毛織り職人組合の家」という木組みファサードの3棟が繋がっている。「ロココの家」は幅がたった8m、淡いピンクとグレーの愛らしいドレスをまとった華奢な貴婦人のような建物だ。

前に来た時は「ロココの家」のファサードにまだイギリスの旧フォルテ・ホテルズの青いマークが目立っていたのを覚えている。2006年にオーナーがオランダのファン・デル・ファルクに変わってそれから大規模なフェイスリフティングが行われ、ヒルデスハイムが誇る世界遺産と広場の美しさに相応するホテルが誕生した。
1939年ファン・デル・ファルク夫妻がオランダのフォールショーテンにレストランを開業したのが現在オランダ最大のホテルガストロノミー会社の始まりだった。

夫妻は11人もの子宝に恵まれ、第2次世界大戦後に事業を広げていった。今では孫、曾孫の世代が経営陣。ブランドと切っても切れないシンボルマークになっているのが動物園などでも人気者の巨嘴鳥(オオハシ)だ。ファルクという名字の意味からすると鷹や隼の鳥がシンボルマークで当然ではないかと思ったが、終戦後に鷹をマークにしてはナチスドイツの第三帝国の鷲の紋章のイメージと重なりすぎてしまうことを恐れたのだそうである。巨嘴鳥は鮮やかな色彩の大きなクチバシを持つ熱帯地方の鳥で、人懐っこくフレンドリーな性格がホテル業にもぴったりだ。

マルクト広場からホテルに入ると、外観からは想像もつかない奥行きの深さに驚かされた。ロココ時代に典型的な岩や貝を象ったロカイユ装飾にモダンなエレメントを加味してネオロココなサロン風の空間がまず待っている。左手のちょっとキッチュなシルバーの光沢ある男神像のコーナーはバーへ、右手の女神像のコーナーはレストランへと続く。チェックインをしにメインエントランスホールへと奥へ抜けていくと、最初は天井が低かったのに砂岩のアーチ構造の先には突然2層吹き抜けで、木張りの天井や練鉄の巨大なシャンデリアなど中世からの歴史と木工職人芸を感じさせる重厚な空間が開けた。上のギャラリーは書棚もあるライブラリーになっている。茄子紺色のウォッシュ加工されたベルベットのチェアやメタリックブルーのレザーのチェアといった異分子的素材と色のアイテムがクラシックな木と革のナチュラルブラウンな全体を小気味よくブレイクして現代と繋げている。

木組みの「毛織り業者組合の家」の1階がレストラン「ギルデハウス」。朝食もここだ。もう少し暖かくなれば広場にもテラス席が出る。北ドイツの大農家の古い屋敷からのオリジナルの内装が運ばれ、中世の趣ある木の天井や壁には見事な彫り細工やインレイ細工が施されている。純白で光沢あるレザーの椅子やレース模様のモダンなランプが好対照をなし新古が調和する。今回はジュニアスイート宿泊と3コースのディナーに朝食込みが2人で180ユーロというアレンジを予約してみた。メニューから選んだのはスターターにサーモンのカルパッチョとグリルした山羊チーズのサラダ、メインにアルゼンチン産ブラックアンガス牛のランプステーキとラインハルツヴァルト産ニジマスのムニエル。デザートにはグラン・マルニエ風味けしの実パルフェ、アルマニャック入りドメスチカすももコンポートとホワイトチョコレートソース添えとブラッドオレンジのタルト、ベリーコンポートとレモンシャーベット添え。広場を眺められるジュニアスイートに泊まれるなら満足と食事の方はどうせパッケージだからとあまり期待していなかったらその全く逆で大満足させてもらうことになった。

昔の「町酒屋」だった木組みの家の1階がお酒と葉巻を楽しめる「ハヴァナ・バー」と「シガーラウンジ」になっている。壁には鏡板を張り、紫のカーペットとカーテン、牡丹色のベルベットのチェアに黒いネオバロックなシャンデリアの下で映画に出てくる昔の娼館の雰囲気もちょっと漂うゴージャスさ。ドイツでは公の建物内や飲食店内での喫煙は禁止されているので、ホテルのシガーラウンジのように喫煙可能な施設は酒と煙草を切り離せない人には救いの場に違いない。

ファン・デル・ファルクがホテルを譲り受けてから74室のリニューアルが終わって、エレガントなインテリアでバスルームも快適な部屋に変貌している。客室のカテゴリーはクラシック、スーペリア、デラックス、エグゼクティブ、ジュニアスイートと5つあり、暖色系にまとめた部屋、トルコブルーのモダンな部屋、白黒&シルバーを基調にしたクラシックな部屋、ベージュ系の落ち着いた部屋、ロマンチックな装飾柄の部屋などが揃う。全109室のうち33室が広場に面していて窓からの眺めがいい。ジュニアスイートはコンテンポラリーかクラシックかインテリアのスタイルを選べるが、「ロココの家」のフロントに位置するコンテンポラリーな方のジュニアスイートを是非ともお薦めしたい。ロンドンやバルセロナなら普通だろうが、ヒルデスハイムだから部屋の中のクールで未来的な世界と窓向こうの歴史世界とのギャップにホテルのファサードがタイムトンネルにも感じられてくる。

これまでも何度か空間構成がデュプレックス(メゾネット)の部屋に泊まったことはあったが、どのホテルでも下のスペースはリビングや水まわりで、階段を上るとベッドルームというスタイルで、このように一番高いレベルにバスルームがまさに君臨しているのは初めてで驚嘆してしまった。ワオー!ガラスウォールを使い可能な限り部屋に対してオープンな作りだ。部屋より数段下がっていてトイレやクローゼットを配したエントランスエリアの上が洗面&バスになっている。ウォークインスタイルで広々と明るいシャワー&バスのブース。ヘッドシャワーが2つ仲良く並んでいて夫婦でおしゃべりしながら同時に朝の目覚ましシャワーを浴びられる。スタルクのデザインしたフリースタンディングのバスシャワー水栓を使うのも初めてだった。水栓から勢いよく流れるお湯のサウンドが実に爽快だった。

お風呂に入りながら部屋を見下ろせる。ガラスのバルコニーで歯を磨きながら部屋を見下ろせる。本当に色々な眺めを楽しめる部屋だ。黒いベルベットのラウンジチェア、テーブルの上の白い花瓶に黒い造花のアレンジとか、暖炉のようにTVをはめ込んだ壁の赤く繊細な装飾画や、バスタブ外側のTANGOのグラフィック、黒い長いフリンジのランプシェード、真っ赤なサテンのクッション、ブラック&ホワイトを基調に鮮烈な赤をアクセントにしてレトロフューチャーなデザインに仕上がっている。

部屋のドア脇のカウンターデスクのトップとミニバーとの間にコーヒーのセルフサービス用にオレンジ色のポットとカップのセットが用意されていた。ハンブルクの1866年創業の老舗コーヒー会社、J.J.ダルボーフェンのだ。実際には使わなかったのだが、ホテルの部屋で不意にこんな小さなステキな物を発見すると特に女性はとても機嫌がよくなるものではないか。

チェックアウトしてホテルを出ると丁度土曜日だったのでマルクト広場は花屋さん、肉屋さん、八百屋さん、魚屋さんetc...が並ぶ青空市場でにぎわっていた。毎週水曜と土曜に青空市場が立つ。近郊の畑で今朝収穫したばかりという葉っぱもみずみずしい蕪が出ていた。ホテルで過ごしている間はなぜか意識の外にあったのだが、30kmしか離れていないハノーファーから来ているのを思い出して夕飯にでもと蕪を一束お土産に買ったのだった。

ドイツ

2010/02/15

カメハ・グランド・ボン(ドイツ・ボン)

ドイツ再統一後のベルリン遷都でかつての首都ボンはその影が薄くなってしまっていたが、昨年の11月15日、“デザイン界のロックスター”と称されるマルセル・ワンダースを起用したデザイングランドホテル「カメハ・グランド・ボン」がオープンして久々に脚光を浴びることとなった。ライン河の古城ホテルもいいけれど、クラシックなグランドホテルを新解釈するライン河の未来城ホテルもまた別の魅力でいっぱいだ。

ホテルはボン・ヴィジョン不動産開発会社が1億ユーロを投資したプロジェクトで、旧ボン・セメント工場跡地を再開発し、ボンの新しい街区「ボンナー・ボーゲン』を建設する事業の中核を成す。この土地で150年前にドイツ初のポルトランドセメントの国内生産が始まったのだった。ホテリエのカーステン・K・ラート氏はケンピンスキー、ロビンソンクラブを経てアラベラ・スターウッド社長に就任したこの道20年の権威である。その地位を捨てて「私の経験と私のビジョンのコンポジション」たる理想のグランドホテルを実現すべく4年前にライフスタイル・ホスピタリティー&エンターテインメント・グループを設立し、新スタートを切った。ある日突然9歳の息子に「パパともっと一緒にいたい、パパが海外出張しなくていい会社を作ろう」と言われて胸が痛んだことが一つの原因だったとか。

「カメハ」は“唯一の”“類いない”という意味を込めて、ハワイのカメハメハ王からとった名前という。透明な大きな鐘のシャンデリアが光り、まるでロシア皇帝の戴冠式を告げるかの鐘の音を視覚的に響かせる。まずは「ライフ・イズ・グランド」というホテルのモットーに出迎えられる。ガラスとアルミニウムの透明なファサードの宇宙船のような建物はボンの建築家カールハインツ・ションマーの設計で、ライン河岸に折り返す波からイメージされたという。ホテルの中心でありダイナミックなガラス屋根のイベントホール「カメハドーム」は高さ28m、1700人は収容でき空港の新しいターミナルでも不思議ないスケールの空間だ。

インテリアのスタイルは“コンテンポラリー・バロック”とも言えるだろうが、カーペットから壁紙までインテリアのエレメントにホテルのシンボルマークである「カメハ・フラワー」の文様がありとあらゆるバリエーションで登場する。デザインコンセプトについてワンダースはこう語る。「典型的なコンファレンスホテルは実用的だけど退屈極まりないもの。でもコンファレンスホテルだってエキサイティングで楽しくて、刺激的であるべきだと思う。カメハはリラクゼーションとインスピレーションの場、ビジネスしながら5つ星のリゾート感覚を味わえるはず。驚きと美しさと緊張感に満ちて、セクシーでクールな場所なんだ。ガラスのファサードの建築は蛇行するライン河とボンの街を一望でき、素晴らしい透明感を持つ。この建築のモニュメンタル性と開放性をキープしながらも暖かく親密感あるホテル空間をクリエートするという課題に挑んだ結果がカメハのデザインなんだ。」1階のパブリックエリアでは劇場の緞帳のような黒いカーテンがたくさん使われ、各々の機能空間を適度にクローズすると同時に適度にオープンにし、柔らかいカーテンのドレープのヴォリュームが華やかな文様と共に建築の硬度をダウンさせる効果を発揮してもいる。

「バロン・フィリップ・ドゥ・ロスシルド」のラウンジでは他ではボトルでしかオーダーできない最高級のワインをグラス単位で楽しめたり、敷居の高くないグランドホテルという方針が伺われる。

そしてサステイナブルで環境に優しいグリーンホテルなのもカメハの重要なコンセプトの一つだ。1000万ユーロをかけて地下に帯水層蓄熱システムを備えた地熱発電施設を完備し、冷暖房を始め消費エネルギーの70%をエコロジカルに自給でき、二酸化炭素年間排出量400トンを削減できる計算になる。このグリーンテクノロジーは希望すれば見学可能である。

赤と黒の強烈な色彩の廊下を抜けて真っ赤なドアを開け客室に入る。客室はスーペリア、プレミアム、デラックスの190室。スイートの63室にはライン河絶景ルーフテラス付きスイートもあれば、ボンに縁あるベートーヴェンの名曲をプログラムした電気自動ピアノ付きの「ベートーヴェン・スイート」とかテーブルサッカーで遊べる「フェアプレイ・スイート」とか面白いトピックをインテリアに組み込んだスイートも含まれる。部屋は夜になると大判の黒い抽象絵画を入れたような額のベッドヘッドにデザインポエジーが隠されている。照明のスイッチを入れるとお月様が黒い額の中の夜空にホワッと現れる。ライン河岸のホテルの部屋で御月見とは尋常でない風情がある。御月見しながら夢を見られるように枕のポジションをベッドの足元の方に移して寝る方向を逆にしたくなる。

デザインホテルでは、部屋のスイッチのデザインは素敵だけど、スイッチの方が使う人間より知的すぎてか、凡人が理解するまでに面倒なことがあるけれど、ここではどれがどのスイッチなのかオンかオフかもわかり易く英語と独語でスイッチ一つ一つに一言説明付記してあるのが些細なことだがとても親切に感じられた。

バスタブ上の壁一面を埋める幻想的な写真アートもゲストの記憶に必ず焼き付くだろう。赤い優雅なドレスをまとった金髪のモデルが水の精のようにふんわりと水中を浮遊する。『ニーベルングの指環』で世界を支配する力を持つという“ラインの黄金”をライン河底で守る美しい乙女達のイメージにも重なる。ロンドンを拠点に世界のファッションブランドやファッション雑誌の仕事をこなす著名なアンダーウォーター写真家ジーナ・ハロウェイの作品である。バスルームは現場仕上げでなく全てできあがって梱包されたボックスとして運ばれ設置された。静かな排水音という点でも徹底している。また黒い試験管のようなアメニティの容器にもデザインのディテールへのこだわりが察せられる。

アトリウムに面した4階の部屋だったので、実際に1階パブリックエリアの床の上を歩いている時は白黒の幾何学模様としか気がつかなかったのだが、そのタイル張りの床がカメハフラワーの文様を拡大したモザイク画だと窓から見下ろしてやっとわかった。アトリウムには高さ4mのゴールドの植木鉢に高さ9mの樹が茂る。その一つに梯子がついていて植木鉢の上でプライベートなカクテルパーティーも開けそうだ。部屋が4階なのはスパにエレベーターを使う必要がなく部屋で水着に着替えてバスローブのままで出かけられて便利だった。マイナス10度の外気でもめげずに屋上の温水プールに急いだ。他にこんな物好きはいないのかインフィニティー・プールもライン河とジーベンゲビルゲ山地の眺めも独り占め。真っ赤なプールの底の中央に黒いカメハフラワーが満開している。プールの縁に亀のように首だけ出して見下ろすと日没のライン河が黒く流れていた。

「ピュアゴールド・バー」は黒とゴールドに統一され、深夜になると雰囲気がまた格別だ。カウンター背後のゴールドの壁が“ラインの黄金”のごとく鈍く照らし出される。ライン河の水の中で揺れて光るかに微々と動く。ガラスのショーケース・テーブルで頬杖をつきながらラストオーダーのウィスキーグラスを傾ける。そういえば、ホテルのオープニング前に最初に泊まったゲストがドイツのサッカーのナショナルチームだった。対チリ親善試合を数日後に控え11月10日に張り切ってホテル入りした代表選手達はディナーの席でゴールキーパーのロベルト・エンケ投身自殺という予期せぬ悲報に愕然とする。キャプテン、ミヒャエル・バラックがロビーに佇み、肩を震わせて涙ぬぐう姿をファサードのガラス越しにキャッチした映像があの日の夜にTVのニュースで流れていた、、。ウィスキーグラスを置くガラスのテーブルの中では大小数えきれないクリスタルがキラキラと輝いている。バーボンのブラントン・ストレート・フロム・ザ・バレルのグラスが空になった夜更けには、クリスタルはサッカースタジアムで鋼鉄のハートを持つ男達が盟友のために流した大粒の涙に見えてきたのだった。

ドイツ

2010/01/15

インサイド・バイ・メリア・ミュンヘン・パークシュタット・シュヴァービング(ドイツ・ミュンヘン)

アウトバーン9号線で北からミュンヘンに入る。未来的なサッカースタジアム「アリアンツ・アリーナ」が見えてくると「これでミュンヘンに着いた!」という実感が湧いてくる。しばらくすると超モダンなガラスの高層建築ビル「ハイライト・タワーズ」とお目当ての「インサイド」ホテルも視界に入ってきた。アウトバーンを降りてすぐのところにミュンヘンの新興集団住宅&オフィス街「パークシュタット・シュヴァービング」が広がる。ホテルのあるのがミース・ファン・デル・ローエ通り、他にもオスカー・シュレンマー通りやヴァルター・グロピウス通りとバウハウス縁の建築家や芸術家の名を付けた通りが揃いそれだけでなんとなく楽しくなってきた。オリンピック公園に隣接するBMWの新しいブランドセンター「BMWワールド」見学にはもってこいのロケーションだ。ガラスとスチールの渡り橋で繋がる双子のようなハイライト・タワーに5階建てL字型のホテルブロックとハイライト・フォーラムからなるコンプレクスは、バイエルン地方出身の世界的な建築家ヘルムート・ヤーンが率いるシカゴのマーフィー/ヤーン建築事務所の設計だ。ヤーンはこの1月4日に70歳の誕生日を迎えられたそうだ。
ホテルは去年滞在した時はまだ「インサイド・プレミアム」という名前だったが、建築環境、機能性、デザインのどれもがファーストクラスであることを“プレミアム”という表現に託したホテル哲学が根底にある。
インテリアはロンドンのヤーン・リコーリア・デザインスタジオ (www.jahnlykouria.com) が手掛けた。ロビーのフローリングにはめ込まれた蛍のような小さな光点を配するアイデアに始まって、ビジネスホテルのアノニマス性を逸脱してビジネスブティックホテルとでもいうパーソナルな雰囲気の環境作りに成功している。1990年代半ばから続いているヤーンと若手デザイナーのヨルゴ・リコーリアとのコラボレーションが実り、ファニチャーやフィッティングも彼らのオリジナルデザインが揃う。ロビーやハイライトバーのラウンジチェア「ブッダ」はモローゾ社、部屋のデスクチェア「ナラド2」はミュンヘンのクラシコン社でプロデュースされた。
ブレックファストルームでもあるホテルの地中海風料理レストランのファニチャーは白に統一されピュアな空間、夏はスタイリッシュなハイライトバーでハイライトタワーズに向かって、カジュアルなチーク材のファニチャーで寛げるテラス席が人気だ。全160室の洗練されたデザインのモダンアート・スタジオとスイート。シーズンオフには朝食込みが100ユーロ以下で利用できる嬉しい日もある。窓からアウトバーン9号線と走る車の波が見えるのも「BMWワールド」見学のプレリュードみたいだ。ドアをつけずにオープンな“リビングバスルーム”のコンセプトが客室デザインの最強ポイントだろう。ベッドエリアとのパーティションが適度な目隠し効果を発揮する乳白色のフロストガラス・ウォール。バスルームの照明をつけるとバスルーム全体が部屋の照明器具の一つと化したようで、洗面台上の四角い鏡のシルエットが美しく浮かび上がりモダンアートとして鑑賞したくなるくらいだった。デスク脇のメタル製の荷物置きスペースにも実用性とデザインがパーフェクトに一体化している。
ホテルではロビー、レストラン、フロア、客室と全館通してコンテンポラリーなアートワークに導かれる。最初は若手の写真アーティストの連作だろうと思っていたが、よく見ると何か別の秘密がありそうで、スタッフに聞くとジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの水の精や人魚姫の絵画をヤーン&リコーリアがコンピューターで異化させたデザインアートだと謎解きしてくれた。ウォーターハウスはイギリス19世紀のヴィクトリア時代を生きた前ラファエル派の画家。アルプスの山々に囲まれ、海や水とはイメージが繋がらないミュンヘンのホテルの壁に神秘の水が静かに流れていた。

ドイツ

2009/11/24

アルコテル・カミーノ(ドイツ・シュトゥットガルト)

フォルクスワーゲンの自動車テーマパーク「アウトーシュタット」(所在地:ヴォルフスブルク)が大成功しているのに負けてはいられないと、この数年で他の自動車メーカーもこぞって新しいミュージアムやブランドセンターを開設している。今年の夏は4泊で4ブランド(メルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMW、アウディ)のスピリットを連続体験するドイツ車ツアーを試みた。ロマンチック街道ならぬ"アウトー街道"だ。私のように機械音痴でテクノロジー音痴な人間でも、歴代のモデルを熱心に鑑賞している旦那様を邪魔することなく、未来的な建築やドラマチックな展示空間の演出だけで文句なく楽しめた。
さてハノーファーを早朝に出て、まずシュトゥットガルトへ向かいドイツを縦断。1泊目のホテルは「カミーノ」。「カミーノ」とは聖ヤコブの墓を詣でに、フランス南端のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからピレネー山脈を越えスペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう約800kmもの巡礼路のこと。このホテルは今年設立20周年を祝ったオーストリアのアルコテル・チェーンに属する。プロジェクト毎に各都市の歴史文化に根ざしたデザインコンセプトを実践しているチェーンだ。今は亡きアルコテル創立者ライムント・ヴィンマー氏が生前に巡礼を敢行したそうで、ホテルが巡礼の旅路の出逢いの場、休息の場のような心温まる場であってほしいという氏のビジョンに捧げたプロジェクトである。ロビーの壁にも巡礼者の姿を描いた大きな絵画が掛けられ、チェックインでようこその代わりに巡礼者達が互いに掛け合う言葉「ボン・カミーノ」(よい巡礼の旅を)と挨拶されてもおかしくない。ここが自動車文化巡礼の旅の始まりに思えてきた。
ホテルは中央駅から歩いて数分と交通の便もいい。市街からメルセデス・ベンツ博物館へ向かう国道27号線上のハイルブロン通りに面している。歴史を感じさせる左右対称的な建物が中央のモダンな塔の新築で繋がる。表通りからもラウンジの吹き抜けホールを照らすシャンデリアのピンクのゴージャスな輝きについ目を引かれる。古い建物は19世紀末に鉄道職員と郵便局職員のために建設された団地「ポスト村」の浴場&洗濯場であった。他の建物は第二次世界大戦で焼けてしまったがこの2棟は戦火を逃れる。2005年に着工しオープニングは2008年1月。(設計:フランクフルトのクリストフ・メクラー建築事務所)
ウィーン応用美術大学でデザインを教えているハラルド・シュライバーがインテリアを担当、アルコテルと長年に渡りコラボレーションしているクリエーターだ。巡礼路の土の色合いを反映したファニチャー類もシュライバーのオリジナルデザイン。カーテンやカーペットも特注で各々のテーマにあったグラフィックが目と足下を楽しませてくれる。サンティアゴ巡礼者のシンボルである帆立貝("ヤコブの貝")を石鹸入れに使って、バスルームにもほのかに巡礼のテーマをアレンジしている。
シュトゥットガルトはミース・ファン・デル・ローエやル・コルビジェといった20世紀を代表する建築家達の白い近代建築が立ち並ぶ住宅団地も有名だ。この1927年に一般市民のために建設された「ヴァイセンホーフ・ジードルング」はモダニズムの建築デザインの理想を体現していた。ホテルのレストランが「ヴァイセンホーフ」なだけでなく、客室にもこのテーマを取り上げた部屋がある。私達が泊まったのはスタンダードのダブルで"カミーノ・コンフォート"のカテゴリー。ベッドに置かれたグレーのクッションや白いカーテンが20世紀のデザインプロダクトやデザイナー家具の数々がイラストされたパターンで驚いた。夕食で街へ出る前にまずはカーテンとにらめっこして、誰のデザインかわかるか夫婦でデザインクイズ合戦に熱中してしまった。
時間節約のためホテルで朝は食べないことにしていた。部屋の壁にまるで小さなアートオブジェのように用意されている赤いリンゴが嬉しい。リンゴのメタルのホールダーにはよく見ると「よい一日を」と何気なく暖かい言葉が刻まれている。まだ東京にいた頃の和裁の先生が「朝一番のリンゴ1個が健康のもと」と話していたのを思い出した。ガブリと一かじり。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり眠気も完全に覚めた。これでビタミンも確保したし、いざ自動車ミュージアム見学へ出かけるとしよう。

ドイツ

2009/09/15

プライズオテル・ブレーメンシティ(ドイツ・ブレーメン)

新聞社の文化部の仕事は文化イベントが週末に開催されることが多く、週末だからお休みというわけにはいかない。本当は仕事のはずだったヘニングさんが土日続けてオフになった。突然の朗報に逆になんとなく拍子抜けしてしまったのだが、快晴が続くという天気予報に家でぐずぐずしていてもと金曜の仕事を終えそのまま北へ向けてドライブに出た。ブレーメンならちょうど夕飯時に街に着ける。ホテルは泊まるだけだから余計な贅沢は要らない。こんな時に嬉しいのが新しいトレンドになっているバジェットホテルだ。とりわけ低料金でハイデザイン、ハイコンフォートを提供するホテルコンセプト。ブレーメン中央駅裏手の「プライズオテル」はダブル素泊まりで64ユーロ(シングル59ユーロ)。この料金でデザイン界のスーパースター、カリム・ラシッドがトータルデザインしていると聞けばもう何も文句なし。朝食ビュッフェが8ユーロ50セントだが、中央駅のコーヒースタンドやベーカリーを利用すればもっと安くすむ。見本市会場や市民公園もすぐで、世界文化遺産のローランド像や市庁舎へも徒歩圏内で、ビジネスにも観光にも便利なロケーションだ。

オフィシャルなホテルの格付けシステムでは2つ星スーペリアだけど、デザイン価値は遥かに上のクラス。カリム・ラシッドが“デザイノクラシー”(デザイン+デモクラシー)の精神に則り、「エリートやお金持ちだけのためではない、みんなのためのヒューマンで楽しくて美しいハイクオリティーのデザイン」を目指して取り組んだプロジェクト。ディベロッパーのマティアス・ツィンマーマンと経営者のマルコ・ヌスバウムが超個性的なバジェットホテルの構想を練った。2007年末にドイツ鉄道からテオドーア・ホイス通りの土地を購入し2008年春に着工、今年2月にオープンした。ヌスバウム氏はデザイナーとのコラボレーションを振り返ってこう語る。「すごくインスパイアされましたね。こちらのチャレンジ精神が湧き上がる。彼の言葉は深い知識に裏付けされていて、それは数えきれない事を学ばせてもらいました。」将来はドイツ国内にチェーンを展開したいと意欲満々だ。

5階建てのビルのファサードは特に周囲の環境からはそう際立つこともない。落ち着いた色のリズミカルな幾何学模様。ホテルのロゴマークが大きくプリントされたガラスドアが開く瞬間からデジタルポップなカリムワールドが幕開けする。フワンとF1レースのサーキットをコンピューターで変形したかの不思議な黄緑色のロゴはプライズオテルの頭文字「P」の象徴だ。ロビー、朝食レストラン、カフェバーを一体化したラウンジがゲストのコミュニケーションの場となる。パーティー、イベントにも多目的に使える。
ホワイト、紅紫、桔梗色、シルバー、、色彩をセレブレーションする空間。非線形、不定形のオーガニックなフォルムのファニチャーで、レトロなSF映画かコミックの世界から抜け出たようでもある。夜にホテルに戻ってきたグループは見るからに60代半ばというおばあちゃんばかりでそれが何の違和感もなくクールなラウンジで寛いで生ビールを飲んでいた。

不思議な魅力の女の子の写真が夜はラウンジをあたかも宇宙の旅へと誘うのだが、この謎の美女が誰なのかは秘密とかで教えてもらえない。秘密と言われるとますます知りたくなってくる。この謎の瞳にはバーボンのグラスが似合いそう。朝食レストランと客室にアレンジされたシャープな白いスタッキングチェアは、カリムが自分の原点ともいえるエンジニアリングに立ち戻ってポリカーボネートのマテリアルを最小限に使って最大限の強度を獲得するにはとリサーチした結果生まれた。クリスタルカットの輝きを放つデザインだ。
客室(全127室)は16m2だが、明るい白いファニチャーの宇宙ステーションのゲストルームでもいいような空間で、鏡を効果的に配して小さめの部屋も小さく感じさせない。部屋から電話やミニバーを排除したのも料金を押さえるのに助力している。携帯電話を持たないゲストはまずいないだろう。デスクランプにはアイポッドをドッキングできる。ベッドのマットレスは最高品質で寝心地抜群だった。TVをはめ込んだ壁のミラーオブジェ、アシンメトリックなデスクとソファのエレメントやソフトなラインのベッド、デジタルパターンのカーペット、壁を飾るカリムのアートワークもホテルのための特別エディションだ。部屋とバスルームの間の壁の窓に取り付けられた横顔の切り絵のような鏡も他ではお目にかかれない。バスルームではトイレ側の壁の鏡との遊戯で、鏡の中で鏡が無限に増殖していく視覚効果が楽しめる。シャワーはレインフォレストで爽快な朝が確約されている。

翌土曜日はブレーメンの郊外へ出た。白樺の並木道を抜けて、今から1世紀前に花咲いた芸術家村ヴォルプスヴェーデに向かう。北国の浪漫の風が頬に心地よい。この日の宿は藁葺き屋根の愛らしいペンション「ハウス・トゥリパン」。チューリップをあしらった農民風の素朴な木の家具も、カリムのブーゲンビレアの花(花言葉は「情熱」)をデザインしたプラスチックのインダストリー・プロダクトも一見違うようでそのインパクトは同じ。時代精神やテクノロジー、美感は変わっても、生活と美の融合を求める理想は今のカリム・ラシッドのようなデザイナーも昔のハインリヒ・フォーゲラーとその仲間達の芸術家も変わりないのだ。

ドイツ

2009/08/01

カ・サグレード・ホテル(イタリア・ヴェネツィア)

ヴェネツィアのカナル・グランデ(大運河)に面した宮殿ホテルは数あるけれど、他のどの宮殿ホテルでも体験できない総合芸術空間を体験できるのが「カ・サグレード」。ホテルというよりは国立美術館に滞在するようなものだ。リアルト橋とカ・ドーロの間に位置し、ヴェネツィアの胃袋を支えるリアルト市場を対岸に臨む。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロやセバスチアーノ・リッチ、ピエトロ・ロンギといった17世紀18世紀のヴェネツィアが誇る芸術家の筆触と色彩が天井や壁を埋め、優美で壮麗なることこの上ない。サグレード館は25年間も空き家のまま放置されていたのが7年を越える修復、改装プロセスを経て2007年5月にホテルに生まれ変わった。館内一部は国の文化財として保存されている。

建物は元々由緒あるモロシーニ家の15世紀の宮殿を17世紀半ばに、後にドージェ(元首)となるニコロ・サグレードが買い上げ、18世紀まで代々の主人が改築改装を重ねる。最後は一族の誰が宮殿を相続するかで壮絶な争いが続いたとのこと。サグレード家はヴェネツィア共和国の興亡の歴史と深く関わっている著名な貴族の一族。ブダペストの保護聖人で11世紀にハンガリーのキリスト教化に貢献し殉死した修道士の聖ゲラルド・サグレードやガリレオ・ガリレイの親友で「天文対話」にも登場するジョヴァンニ・フランチェスコ・サグレードも祖先にあたる。

18世紀に住んでいたザッカリア・サグレードはルネサンス時代からの絵画800作品に2000作品の素描や銅版画とそれは素晴らしいプライベートコレクションを築いた。ザッカリアの究極のロココ装飾の寝室インテリアはなんと大西洋を渡ってニューヨークのメトロポリタン美術館の所蔵となっている。建物の1Fはまだビザンチンからゴシックへの過渡期のスタイルで、ピアノ・ノビレ(2Fにあたる主階)への階段室から華のバロック・ロココの世界が広がる。大階段室はアンドレア・ティラーリの設計、智天使の大理石像(フランチェスコ・ベルトス作)が階段の手摺からゲストを歓迎する。壮大なフレスコ画はオリュンポスの神々と戦った巨人族が最後に稲妻によって自らの神殿の下敷になるという巨人族没落の運命をピエトロ・ロンギが描いた。夕方からは照明効果で空間がよりドラマチックになり巨人や神々が語りだすかだ。階段を降りてくる貴婦人の絹のドレスの衣擦れ音が響いてきそうだ。ヴェネツィア栄華物語が空間から聞こえてくる。ヴェネツィアにはヴェネツィアだけに通用する時計で時間が流れているのだろう。

階段を上がるとポルテーゴと呼ばれ正面中央の窓から建物後方まで続く縦長のサロン、ここからカナル・グランデを一望できるバルコニーに出る。神聖ローマ皇帝レオポルト2世(マリーアントワネットの実兄)が1791年にカナル・グランデでレガッタを開催した時このバルコニーから観覧されたという。バンケットルームの「音楽の間」も天井も壁もガスパーレ・ディツィアーニと弟子達のフレスコ画に覆われ、建築が天空まで届くかの騙し絵の下で、アポロ、ビーナス、ジュピターと神々に囲まれながらのディナーも可能だ。カウンターテナーの鋼鉄の天使のような歌声を響かせてみたい。一ヵ所だけカモフラージュの壁画があり、その隠し扉から愛人が舞踏会の最中に他のゲストに気がつかないようにサグレード卿の私室に忍べる通路に繋がっていたという。

パブリックスペースは圧倒される美しさでこんな宮殿の中ならもうどんなお粗末な部屋でも夢心地だと思って部屋に入るとダブルルームでもジュニアスイートに格上げしたいくらいに広くインテリアも建築に呼応する優雅さ。全42室の客室は同一のインテリアはなく織物や調度品の木彫りのディティール等、ヴェネツィアの伝統的な職人芸が生きている。うち24室がスイートで特に「歴史的スイート」の中にはヴェネツィアのバロック建築で最も美しいと評されるスタッコ装飾を堪能できる部屋がある。執政官だったジェラルド・サグレードがプライベートな余暇を過ごした部屋で、アッボンディオ・スタージオとカルポフォーロ・マゼッティ・テンカッラのファンタスティックなスタッコ芸術。見学して写真を撮りたかったのだが残念ながら空いていない。明日はチェックアウトだから明日の午後ならお見せできると言われても、明日の午後はもうハノーファーの自宅でコンピュータとにらめっこしている。スタッコの豹が天井の隅にお座りするスイートを一目でいいから見たかった。

さてバスルームはクラシックでかつ機能的。明るいグレーの大理石とステンレスの水栓金具やガラスはオーソドックスな組み合わせだが相性が良い。とてもユニークだったのがスタンド式のハンドタオル掛け、このスタイルのタオル掛けをホテルで見たのは初めてだった。空間のアクセントにもなっている。(個人的にはバスルームにまでテレビは置かなくていいと思う。)ひと風呂浴びた後はリアルト橋近くのワイン屋でプロセッコを、近くの店でトラメッツィーニ(サンドイッチ)を買い込みリビングコーナーで夜のピクニック気分に浸る。
翌朝ブレックファーストルームに降りていくと、「ドージェの間」にも「ティエポロの間」にも他に誰もゲストがいない。ドージェだったニコロ・サグレードの肖像画がその昔には壁に掛かっていたという「ドージェの間」でまずは目覚ましにコーヒーを頂く。パステルカラーでバタークリームのデコレーションケーキの香りがしてきそうなスタッコ装飾に縁取られたニコロ・バンビーニの天井画を見上げる。月桂冠を戴く太陽神アポロが逃げるダフネを追いかけているのだろうか。さて1杯目のコーヒーを飲み終えても他に入って来るゲストはいない。それではと2杯目のコーヒーは「ティエポロの間」に移った。ヴェネツィア派最後の巨匠ティエポロはこの宮殿のために複数の作品を制作したが、相続問題が絡み散り散りに売却されヴェネツィアを讃えるこの天井画だけが唯一こうして残っている。

ヴェネツィアに数ある教会の中でもサン・フランチェスコ・デラ・ヴィーナ教会はヴェネツィアの守護聖人聖マルコの伝説と深く関わる由緒ある教会だが、ここにティエポロのフレスコ画で有名なサグレード家の礼拝堂がある。この教会は日本人でもウェディングできるようで、ティエポロのフレスコ画に囲まれ挙式してサグレード宮殿でハネムーン出来たらロマンチックだろうな、などと考えていると、昨年ロンドンのクリスティーズでティエポロの未公開作品『フローラ』が競売にかけられたニュースを思い出した。フランスのある城主が自分の子供達に描かれた婦人の乳房を見せたくないと屋根裏に隠して世から忘れられてしまっていたという肖像画で、約4億円で落札された。するとこの天井は一体何億円になるのだろう?と俗な疑問も頭をかすめ、何度も天井を見上げてばかり。スペイン王宮やヴュルツブルク司教宮殿のティエポロの天井画の下ではまさかこのようにゆで卵の殻を剥いたりパンにマーマレードを塗ることは許されない。可能な限りスローに食べて朝食タイムが終わるまでしぶとく居座ったのだった。

イタリア

2009/06/18

ヒルトン・モリノ・スタッキー・ベニス・ホテル(イタリア・ヴェネツィア)

ヴェネツィアでジュデッカ運河を通るヴァポレット(水上バス)に乗ると「あの得体の知れない建物は一体何なのだろう?」と、ヴェネツィアの大運河を彩る宮殿群とは全く性格の違う煉瓦建築が気になって仕方なかった。調べてみると19世紀末のネオゴシックの建物はモリノ・ストゥッキーという旧製粉所&パスタ工場で、その経緯はわからないが、なぜかハノーファーの建築家エルンスト・ヴレコップ(Ernst Wullekopf 1858-1927)がヴェネツィアの珠玉のインダストリー建築を設計していた。

ハノーファーで私が住む同じ通りにヴレコップの手掛けたギルデ・ビール醸造所があり、工場というよりは教会のようなステンドグラスの窓を横目で見ながら毎日歩いて仕事場に通っている。"煉瓦ゴシック"と呼ばれ北ドイツ独特の装飾的なインダストリー建築だ。ひょっとして施主のストゥッキーはこのビール工場の美しさに惚れ込んで建築家に声をかけたのだろうか。

20世紀末にはヴァポレットからでもこの建物の荒廃は顕著で、マンモス幽霊屋敷の様になっていった。3ヘクタールにも及ぶ広大なコンプレクス(13の建物で構成される)が再開発され、住宅(100世帯)、ヴェネツィア最大のコングレスセンター、ラグジュアリーな「ヒルトン・モリノ・スタッキー・ベニス・ホテル」(380室)として輝きを取り戻すとはほとんど奇跡に近い。ザッテレ経由でサン・マルコ広場とはホテルのシャトルボートで往復できるので観光にも不便はない。インテリアはスターウッド・ホテル&リゾーツ・ワールドワイドに属するデラックスホテルのプロジェクトで経験豊かなローマの事務所HDC Interior Architecture + Designが担当した。

ヴェネツィア本島に渡らなくてもここだけで丸一日過ごせるだろう。一番古い工場の建物にあるカジュアルなレストラン「イル・モリノ」で朝食ビュッフェ、ジュデッカ島を散策してお昼は運河を見ながらバー&ラウンジ「リアルト」で軽く、中庭で読書でもして屋上プールで一泳ぎ、夕食は洗練されたレストラン&バー「アローミ」でモダンなヴェネツィア伝統料理、夜は「スライライン・バー」の屋上テラスでスペクタクルな眺めを摘みにスプリッツを飲む。スプリッツはオレンジリキュールのアペロールにプロセッコまたは白ワインとミネラルウォーターで割ったヴェネツィアならではの爽やかなドリンクだ。

ホテルの庭には創設者ジョヴァンニ・ストゥッキー(Giovanni Stucky 1843 - 1910)の胸像が残されている。ストゥッキーはジュデッカ島の西端に元尼僧修道院(SS.Biagio e Cataldo)跡地を買い上げ、1883年にシンプルな煉瓦の立方体の蒸気製粉所を開設する。1500人の工員が24時間ノンストップで1日250トンもの小麦粉を生産していた。需要は増えるばかりの大成功で、増築が必要になり新築が完成。当時ヴェネツィアの建設協議会からヴェネツィアの建築伝統と調和しないと厳しい批判もあったという。20世紀に入ってパスタ工場も新築され、ついにはイタリア最大で最もモダンな設備の製粉所に発展する。ストゥッキーは最後にヴェネツィア駅で刺殺されてしまう。

第二次世界大戦でドイツ軍が製粉所を押収。1955年に工場閉鎖が決定するが、この時最後の500人の労働者が6週間も抗議して工場を占拠する事件まで起きている。続く何十年かは再利用のアイデアもなく建物は老朽化の一途を辿った。やっと再開発事業が軌道に乗り、ホテル建設工事も始まって間もなく火事が発生し旧穀倉は外壁が運河に崩れ落ちてしまうというショッキングな事故も乗り越えねばならなかった。

"部屋の窓からの眺めフリーク"な私としては部屋に入ってまずは「ジュデッカ運河の景色が少しでも見えるかな?」と、レースカーテンを開けようとしたら、カーテンの取り付け部分がちょっとお粗末なフィニッシュで壊れかけている。軽くシャワーを浴びてリフレッシュしようと思うとシャワールームの継ぎ目部分が盛り上がって変色している。オエーッと冗談でなく気持ちが悪くなった。これは黒カビではないのか。でもここまでカビが繁殖するにはかなりの月日を要するはずだが、誰も気がつかなかったのだろうか?クロアチアの安ホテルで夜中にトイレに行って電気をつけた途端に蟻がウロウロしていてギョッとしたことはあったが、5つも星が付いているホテルだと再認識して唖然としてしまった。まあでもバスタブにもシャワーが付いているし、シャワールームには目をつぶろうかとバスタブの方に移動すると今度はシャワーホースのメタルのカバーが緩んで中のホースが見えなんとも惨めな姿になっている。一番お得なネット料金で予約したから?まさかそんな差別はあるはずがない。お部屋チェンジ!今度はバスルームも清潔で、ホッ。お詫びにとホテルのマネージャーからプロセッコのボトルがサービスされたのは良かったのだが、グラスを手にジュデッカ運河に乾杯と窓際に立つとカーテンは前の部屋よりもっと壊れていた。この経験で改めてバスルームの清潔性と日頃からの設備チェックの重要さを実感。特にチェーンの場合はチェーンに属する全てのホテルに対する信頼の土台がほんの小さなことで揺らいでしまう。

部屋を出てホテル建築探検の散歩に出る。ホテル空間は5年に及ぶ困難だった修復・再建・改装(Francesco Amendolagine教授の監督でStudio CRR / Centro Ricerche Restauroが実施)の成果。建築ディテールのひとつひとつにストゥッキー製粉所の歴史と製粉所にまつわる人々の運命を追想できる。それにしても建築とインテリアのギャップを感じる。静かな中庭とも繋がるカンピエロ・ロビーラウンジでゆっくりしようとソファに身を沈める。と、テーブルやファニチャーのまだ新しい化粧板が剥げていたり角が破損しているのがあちこちで目についた。使い込んで深みのある傷みではない。なんだか薄っぺらな表面だけのインテリア・クオリティーで建築がかわいそうになってきた。

イタリア

2009/05/01

ホテル・リヴァル( スウェーデン・ストックホルム )

連想ゲームで"スウェーデン"とヒントを出されて即座に"アバ (ABBA) "と答える人も少なくないのではないだろうか。アバは1970年代、私もまだティーンエージャーだった頃に次々と大ヒットを飛ばし世界を冠した伝説的なスーパーグループ。特にアバのファンだったわけでもないのだが、アバの元メンバー、ベニー・アンダーソン (Benny Andersson) がオーナーのホテルがあると聞いては好奇心を押さえられず、「ホテル・リヴァル」に1泊せずしてスウェーデンを去るわけにはいかなかった。 リヴァルは2003年にストックホルム初のブティックホテルとしてセーデルマルム島のトレンディな地区にオープンした。緑の茂る広場マリアトリエット (Mariatorget) に面する。1937年のアールデコの建築「リヴァル・シネマ」がオリジナルの魅力を壊さないように改増築された。 (建築:Bergkrantz Arkitekter、インテリア:Ahlgren Edblom Arkitekter) 階段のエレガントな手すりやカクテルバーの半円のカウンターなどの造形要素が歴史を垣間見せる。「リヴァル・シネマ」はストックホルムにそれまでなかった類いのアーバン・プロジェクトで、映画館、ホテル・アストン (Hotel Aston) 、カフェ&レストラン、パティスリー、アパートが複合し最先端の施設だった。ホテルにはリニューアルされた本格的なシネマ (700人収容) にお洒落なビストロ、カクテルバー、カジュアルなカフェ&ベーカリーが揃う。当時に負けない華やかさが今に蘇った。一時は近所の高級マンションの住民から音楽がうるさいと苦情が入り、ホテルのパブリックスペースを4ゾーンに分けて各々個別に音量を調節できる新システムを導入してトラブル解消したという。 チャールストンでも踊っているかのようにリズミカルなロゴやグラフィック (デザイン:Maria Dahlgren) から、コラージュ・アートのようなパターンの廊下のカーペット (デザイン:Carouschka Streiffert) まで、リヴァルのインテリアはカラフルでエンターテインメント性に富み、気取らず楽しい。アバが活躍していた1970年代に流行したレトロなデザインではない。歴代のスウェーデン映画の名場面がパネル写真として客室の壁を飾っていたり、ビストロの壁には924人もの映画スターのポートレートがアレンジされていたり、シネマのテーマがインテリアにも扱われる。アバのヒット曲で構成されるミュージカル映画『マンマ・ミーア』が日本でも大ヒット上映されたが、去年の夏にスウェーデンでのプレミアとその祝賀パーティーが開かれたのはもちろんここリヴァルでだった。スペシャルゲストとしてアバの元メンバー4人が久しぶりに集い、ホテルのビストロのバルコニーから主演のメリル・ストリープやピーアス・ブロスナンと並んで笑顔でファンに手を振ったのだった。 デザインホテルやブティックホテルというと、とかく民芸調のアイテムを組み合わせることを避ける例がほとんど。ここではエントランスホールやビストロにペルシャ遊牧民の素朴だけど独創的な敷物が21世紀のデザイナー家具と対話している。自然の草木染めの色の暖かさ、複雑な幾何学模様を織り上げる人間の手の暖かさが空間に伝わる。ベーカリーも併設されているため朝食のクロワッサンも自家製の焼き立てで抜群の美味しさ。これだけ美味しいということはバターの量がかなりだろうけど、これほど美味しいクロワッサンはドイツではなかなか口にできない。つい2つも食べてしまった。 明るい客室 (全99室) はコンテンポラリーでもクラシックな雰囲気を持つインテリアで、ラグジュアリー感よりは快適性を重視してデザインされた。部屋に入るとすぐ左脇のテーブルの上にテディベアがちょこんとお行儀良く座って迎えてくれた。予想外の可愛いぬいぐるみの登場に頬の筋肉が緩んでニコっとなる。バスルームでもガラスの可愛いタオル用フックなど小さなサプライズに出会うことになる。"You are the Dancing Queen, Young and sweet only seventeen…"と、鼻歌を唱いながら気分上々でシャワーを浴びる。と、メタボなお腹のフォルムに『ダンシングクイーン』がヒットしてからもう30年以上も経っていることをひしひしと実感するのだった。

スウェーデン

2009/03/18

ホテル・スチューレプラン( スウェーデン・ストックホルム )

ストックホルムへの旅、前回のデザインホテルの次はちょっと趣を変えてブティックホテルに部屋を移した。ホテルから目と鼻の先に位置し、レストランやナイトスポット、オシャレな店が並び賑わう広場「スチューレプラン」の名前をとって2008年5月にオープンしたばかりの新しいホテルだ。まさにスモール&ラグジュアリー。躍動するメトロポールの吐息を感じながらもホテル・スチューレプランではひっそりと静かな安らぎの時を過ごせるだろう。 1899年に建設された19世紀末の建築。歴史を木肌に感じさせる重厚な扉を開ける。ホテルのロビーもロビー然とせず個人の邸宅のサロンにお呼ばれしたかの気分になってくる。古いエレベーターや階段室のステンドグラスをあしらった窓など美しいディティールも残された。ホテルのインテリアはスウェーデンの職人の手になる家具造り伝統を大切に受け継ぐガルボ・インテリア社が担当。トレンドを追わずタイムレスなエレガンスを追求している。18世紀のグスタヴ三世の時代に生まれたグスタビアンスク(グスタヴ・スタイル)と呼ばれる新古典主義のスタイルにシンプルでコンテンポラリーなテイストが加味された。オリジナルデザインの木の家具は暖かみが違い、長く使えば使うほどもっと深みが出てくるのだろう。壁の塗装には英国のファロー&ボールの塗料を使用。最高級の天然顔料で今も伝統的な製法で作られるこだわりの塗料である。 全102室はそのプロポーションやキャラクターが異なり同じインテリアは二つとなく各々に個性を持つ。部屋の大半はクラシックなインテリアで、カテゴリーはスモール、メディウム、ラージ、Xラージとサイズで分類されている。ストックホルムの街を見下ろせるロフトスタイルの屋根裏部屋はシンプルでコンテンポラリーなデザインに仕上げられた。 今回はこのホテルで最もリーズナブルな“キャビンルーム”(12室)を予約していた。ロビー脇の階段を降りて廊下にも古いトランクが置いてあったり、帆船での航海に出る気分がしないでもない。泊まったのは101号室でデザインはヨットからインスピレーションを得ている。真鍮の望遠鏡のようなライトからもの掛けとして機能する梯子までアイデアに満ちたインテリアで、小さい部屋でもその小ささを意識させない。クッションや可愛いランプシェードに使われているベージュに深紅のストライプが入った粗いリネンはラルフ・ローレンのテキスタイル、船のロープを連想させる。部屋に用意されたコーヒーセットにとても惹かれた。コーヒーの味の方は覚えてないのだが、ペリカン・ルージュ(赤いペリカン)というブランド名もペリカンのマークが付いたカップもドイツでは一度もお目にかかったことがない。それにしてもどうしてコーヒーがペリカンなのか、想像を巡らすと寝付けなくなりそうだ。余計な色もデコレーションも付加せずクリアーに構成されたバスルームで、一際存在感を放つのがアレッシィとフィンランドのメーカーORASとのコラボレーションによる水栓「dOt」だった。オランダの建築家ヴィール・アレッツのデザインで日本の風呂文化に影響を受けているとか。キャビンルームは地下にあるので部屋にもバスルームにも窓がない。子供の頃に戦争で体験した防空壕での日々が原因で地下に降りることができず地下鉄にも乗れないというドイツ人の知り合いがいるのだが、そういう地下恐怖症の方はキャビンルームを避けて地上の窓のある部屋へどうぞ。 “あなたのために”という名のホテルの北イタリア料理レストラン「PerLei」のバーカウンターに朝食ビュッフェが用意される。濃紺やワインレッドのベルベットのふかふかの椅子でアールデコ調のラウンジ空間だ。そして世界初の「ボランジェ・シャンパーニュ・バー」でシャンパーニュのグラスをダニエル・クレイグの渋さで傾けてみたい。ボランジェはジェームズ・ボンドが愛する『007』のシャンパーニュ。バーの2階から1階のくり抜かれた天井を突き抜けてシャンデリアが輝く。次の『007』ではここでボンドがシャンパーニュをオーダーする、なんてシーンを勝手に思い描くのだった。

スウェーデン

2009/02/16

クラリオン・ホテル・サイン( スウェーデン・ストックホルム )

私が住んでいるハノーファーの街のカフェやレストラン、ミュージアムなどでも北欧のモダンな椅子にお目にかかることはあるけれど、やはり北欧の現地で北欧のデザインに触れると同じ椅子でもよりオーセンティックに感じられてくる。去年の2月にオープンしてまだ新しい「クラリオン・ホテル・サイン」は北欧デザインの魅力を満喫できるストックホルム最大(客室数:558室)のデザインホテルだ。

ストックホルム中央駅や空港と市内を結ぶアーランダ・エクスプレスの駅から歩いてすぐと便利なロケーション。中央駅から北へ伸びる線路と、ストックホルム市が新しい公園に再開発中のノッラ・バーントリエット広場の間に建てられた。ベルリンやワシントンのスウェーデン大使館を一任されるなど、スウェーデンを代表する建築家ゲルト・ヴィンゴード(Gert Wingardh)によるスペクタクルで研澄まされた刃のような建物。広場側へはガラスのオープンなファサードだが、線路側は騒音防止も考慮して一つも窓がなく、ファサードは表面加工が異なりキャラクターが違う黒い御影石を組み合わせとても彫刻的だ。表面がラフな明るいトーンの御影石は雨が降ると濡れて黒くなったり、光の具合、四季折々の天候の具合でファサードも微妙に変貌していく。

インテリアのクオリティーも建築のクオリティーに肩を並べる。(デザイン:Lena Arthur)時と共に古くさくなっていくのではなく、年季が入ってより美しくなるホテル空間を目指したという。北欧デザインの歴史を築いた巨匠の家具や、その伝統を受け継ぎながら今現在活躍中のトップデザイナーの家具の数々が全館にあふれる。ロビー、「アクアビット・グリル&ロー・バー」、バンケットホール、コンファレンス施設、そして9Fから11Fまでの客室はアルネ・ヤコブセンへのオマージュという印象で、デンマークのデザインが主役を務める。2Fラウンジではヤコブセンの椅子とデンマークの新世代デザイナー、モーテン・ヴォスの椅子が対話する。どちらも知的なユーモアがあり使う人間のファンタジーをくすぐるデザインだ。

客室は各階毎にテーマの国によってインテリアが異なり、例えば6Fはアルヴァ・アアルトの家具でフィンランド・ルーム、5Fがノルウェー・セイズの家具でノルウェー・ルーム。4Fが今回私が泊まったスウェーデン・ルームで、ブルーノ・マットソンとグニラ・アラードの椅子が待っていた。アラードは昨年国際デザインフェア旭川のコンペ審査員に招聘されたり日本でも評価が高く、彼女のシネマ・シリーズは実に機能と美しさのバランスがパーフェクトな家具だ。部屋には各々の国を象徴する白黒写真も壁を飾る。照明はフロス社(伊)が部屋の家具と調和するようホテルのために特別に光のトーンをクリエートした。バスルームはとても明るくガラスのシンクからマテリアルや色の組み合わせもジェントルな雰囲気で、バスルームへのガラスのドアを90°開ければトイレのドアを閉める結果になるという一石二鳥のアイデアがユニークだった。このホテルで初めてスウェーデンの伝統あるDUXのベッドで眠る機会を得た。ドバイの海上の超贅沢なホテル「ブルジュ・アル・アラブ」にもセレクトされたくらいだから、さすがに寝心地は7ツ星であった。

屋上温水プールも完備しているスパは宿泊料金とは別途だが、スパのロビーから建物突端の屋上テラスへは出ることができた。バスローブでスパークリングワインを飲みながらリラックスしている人達の前を「ちょっとすみません」とダウンコートを着たまま横切って。1960年代のアイコン的なバブルチェアが吊り下がる。フィンランドのエーロ・アールニオがデザインした透明アクリルのシャボン玉のような椅子が揺れる。あの頃の宇宙への憧れが揺れているかに。アポロ11号人類初の月面着陸にフィーバーしたのを懐かしく思い出しながら、目の前に広がるストックホルムの光景をユラユラと揺れながらしばし眺めるのだった。

スウェーデン

絞り込み

54件

ショールームのご案内

海外の水まわりデザインに触れて感じていただけるショールームです。

カタログ

カタログのご請求、デジタルカタログを閲覧いただけます。

よくあるご質問

水まわり商品に関して、よくいただく質問をまとめています。

こだわりの品質

「DESIGN」「QUALITY」「AFTER SERVICE」の3つを柱に、上質な生活空間を彩る商品をご提供します。